「現場理解」のズレを正すために情シスが把握すべきこととは? 


 2024年3月13日、AnityA・Darsana主催のイベント「なぜ、情シス部門と業務部門は分かり合えないのか 現場理解のズレを『組織とシステムの構成』から読み解く」が開催された。


 イベントの前半ではエン・ジャパン株式会社 事業推進統括部 DX推進グループ グループマネージャー 高橋淳也氏が登壇し、同社内で情シス部門と業務部門の橋渡し役を担いながらDXを推進してきた背景や経緯を紹介してもらった。このプレゼンテーションの内容は別途「エン・ジャパンは、業務部門と情シス部門の『スピード感に対する意識のズレ』をどうやって解決したのか」で紹介しているので、未読の方はまずこちらをご一読いただきたい。


 記事の後編では、このプレゼンテーションの内容を受けて実施した、高橋氏とサイボウズ株式会社 営業本部 エンタープライズ営業部 部長の松森知里氏と株式会社 AnityA(アニティア) 代表取締役 中野仁氏を加えた3名によるフリーディスカッションと、イベント参加者から寄せられた質問に登壇者が答える質疑応答の模様をダイジェストでお届けする。

サイボウズ株式会社 営業本部 エンタープライズ営業部 部長の松森知里氏(画面=左)エン・ジャパン事業推進統括部 DX推進グループ グループマネージャーの高橋淳也氏(画面=中)AnityA代表取締役社長の中野仁氏(画面=右)

感情を伴わないロジックだけのアプローチでは人は動かない

中野氏: 高橋さんのように、いわゆる「企画推進」と呼ばれるような立場で組織変革を推進する仕事は、「部門間のコンフリクトの調停」に多くの時間や労力を費やすことになりますよね。いわば「調停者」としての役割を担うことになるわけですが、これを行うためにはやはり周囲に「この人の言うことになら耳を傾けよう」と思わせるだけの人間性が求められると感じました。


高橋氏: 私がそういう役回りを買って出ようと考えた最大の理由は、社歴がある程度長くなるにつれ「後輩に負の遺産を残してはいけない」と思うようになってきたからです。やはり若い人たちがこれから歩む道を整備するのが中堅社員の役割ではないかと考えるようになって、部門間のコンフリクトを調停する役目を担おうと考えるようになりました。


松森氏: 私自身、サイボウズで管理職になってまだ3カ月しか経っていないのですが、高橋さんのプレゼンを聞いて、これまで意識したことがなかった角度から組織マネジメントの難しさや奥深さを知ることができて、とても勉強になりました。

中野氏: やはり調停者としての役割を担う上では、「言語化能力」がとても重要になってきますよね。相手がなかなか言語化できずにいることを代わりに分かりやすく言語化する能力が必要で、しかもそれを相手の心に最も響くようなキャッチーな言葉で表現してあげることが大切です。


 私はこの2つをよく「エスパー力」「糸井重里力」と呼んでいるのですが、相手が言語化できずにもどかしさを感じているところをうまく言語化してあげて「そうそう、それだよ!」と言わせることが大事です。逆に言うと、それをやらずにただ理屈だけをストレートにぶつけても、人は決して動いてくれないんですよね。


高橋氏: まさにその通りですね。実は私は新卒入社当時「ロジカルモンスター」というあだ名がついていたほど論理偏重の人間だったのですが、社内で経験を積む中で「論理的に正しいだけでは人は動かない」ということを嫌というほど実感しました。やはり人を動かすためには、アリストテレスが言うところの「ロゴス(論理)」「エトス(信頼)」「パトス(情熱)」が必要だということを知って、それ以降はこれまで欠けていた感情面のアプローチを重視するようになりました。

長い社歴の中で培ってきた「信頼貯金」が言葉の説得力を生む

中野氏: エン・ジャパンさんではかつて、事業が急成長するフェーズで業務部門と情シス部門の意識のギャップが顕在化したとのことでしたが、同じようなことは他の成長企業でもよく見られますよね。


 会社を立ち上げてしばらくの間は、フロントオフィスとバックオフィスの間のギャップをいわゆる「いい人」がうまく立ち回って埋めてきたものの、やがて問題を一人で処理しきれずに疲れ切って辞めていってしまい、結果的に組織全体が崩壊してしまうというのは成長企業における風物詩のようなものですからね。


高橋氏: 弊社もかつては似たような状態下にありました。営業側は「競合が迫ってきているからスピード感を高めなければいけない!」と言っていて、それ自体は正しい。でも情シス側の「法規制対応のための基幹系システム改修は絶対に遅らせるわけにはいかない!」という言い分も正しい。どちらも会社のために一生懸命頑張っているのに、互いの正義が完全にすれ違ってしまっている状態は端的に「悲しいな」と思いました。


中野氏: エン・ジャパンさんがこの課題を乗り越えられたのは、高橋さんが「一個人の調停者」としてではなく、調停機能を「組織」としてきちんと整備した点にあると個人的には感じました。


高橋氏: 確かにその点は強く意識しました。応急処置的な調停なら個人でもできたかもしれませんが、中長期的に組織を改革していくためには、やはりしっかりと体制とプロセスを整備する必要があります。そのため、DX推進グループをフロントオフィスとバックオフィスの間に立つ「ミドルオフィス」と位置付けて、人材育成も含めてノーコード開発の体制をきちんと整備することにしました。


中野氏: 「まずは確実に勝てる領域に絞って、早期に成果を出す」という戦略を立てたことも、成功要因の1つだったのではないかと思います。加えて、高橋さんがこれまでの長い社歴の中で培ってきた信頼、つまり「信頼貯金」が大きく効いているような気がします。


 多くの企業がデジタル人材を大量に中途採用して「DX推進部門」のような組織を立ち上げましたが、実際にはその大半がうまく機能していません。その最大の原因は、やはり中途採用の人間は信頼貯金がないからだと思います。社歴が長い社員からすれば、入社したてのどこの馬の骨とも知れない人間にあれこれ指図されても、なかなか素直に耳を傾ける気になれませんからね。

過去に行われた意思決定の過程を知ることで問題の根本原因を探る

中野氏: きちんとした体制を構築するために、エン・ジャパンさんでは「事業とITをつなぐ人材」の育成に注力されたとのことですが、ここでIT側の人材ではなく事業側の人材を登用したというところも重要なポイントだったように思います。


 事業に関するノウハウは一朝一夕では身に付きませんから、それをもともと有している事業側の人間に、kintoneのようなノーコードツールの強みを生かしてITスキルを短期間のうちに身に付けさせたのは慧眼だったと思います。DX組織というと大抵の場合、IT側の人材を優先的に配置しがちですからね。


高橋氏: 私はもともとIT系の求人広告のコピーライターをやっていて、広告コンテンツの取材の場でいろんなクライアント企業のお話をうかがってきたのですが、やはりどの企業も「業務知識が大事だ」とおっしゃっていて、そのことが強く印象に残っていたのかもしれません。

中野氏: 業務とITの間のギャップを調整して業務を設計・改善する「ビジネスアナリスト」のような役割は、日本企業では軽視されがちですよね。プロジェクトマネジャーや企画推進の担当者が何となく兼務しているケースが大半で、「単なる調整役」と低く見られがちなこともあって、なかなかなり手がいないのが実情です。


高橋氏: そのような調整をスムーズに運ぶ上で個人的に気を付けているポイントの1つに、「過去の経緯を調べる」というものがあります。例えば部門間の衝突やシステムの非効率な運用など、目の前で起こっている問題を解決しようと思ったとき、単に今表面上に表れている問題を潰すだけでは対処療法にしかならず、根本原因を潰すことはできません。


 たとえ今、目の前に表出している事象が非合理的に見えたとしても、そこに至るまでに行われた意思決定はその時々の状況に照らし合わせれば合理的だったはずで、そうした過去の経緯を知ることなく問題の根本原因まで辿り着くことはできません。そこでそうした経緯を知る人たちにヒアリングを実施して、過去を丁寧に紐解きながら問題の根本原因を特定するように心掛けています。


中野氏: ただし、そうしたヒアリングを社外から来たコンサルタントが行っても、やはり信頼貯金がないことから警戒されてしまって、なかなか本音で話してもらえないんですよね。


高橋氏: どうしても防波堤は立ててしまいますよね。


中野氏: その点、高橋さんのような社歴が長い「同じ釜の飯を食った仲間」に対しては詳しい情報まで惜しみなく出してくれるので、やはり社内にビジネスアナリスト的な立場の人材を置くことにはとても価値があると思います。

メンタルコントロールのコツは、他人に対して過剰に期待しないこと

中野氏: それでは視聴者のみなさまの質問にお答えするQ&Aコーナーに行きたいと思います。


 「分かり合えないことが続く時、『もういい、知らん!』という気持ちになったり行動してしまうこともあると思います。そういう気持ちを堪え、分かり合おうと努力するための自身の感情、チームメンバーのモチベーションはどのようにコントロールされていますか?」という質問を参加者の方からいただいています。


高橋氏: 自分自身の感情がフラットでないと相手の感情を受け止められないので、まずは自分の心理状態を冷静かつ平和な状態に保つことを心掛けています。ただし、それでもどうしても話がこじれすぎていて、この場では解きほぐせないケースも出てきます。そういう場合は「今の自分のスキルでは、この人を解きほぐせないんだな」と判断して、しばらくの間は触らないようにすることもあります。


松森氏: ちなみに「こういうことが起きたら撤退しよう」という「撤退ライン」は何か決めているのですか?


高橋氏: まず経営陣や事業責任者などの意思決定者からGOサインが出ない場合は「やらない」と決めています。また誰が見ても火の車になることが分かっている案件についても基本的にはやりませんし、仮にやるとしても「期間限定」という条件を設けるようにしています。


中野氏: 負け戦はしないということですね。あとは、「他人に対する期待値をあらかじめ下げておく」というのもコツかもしれません。


高橋氏: そうですね。うまく整理できなかったケースを後から振り返ってみると、相手に過剰に期待しすぎていたことが多いですね。そういう場合は、「これぐらい説明しておけば、きっと分かってもらえるはずだ」と勝手に期待していた自分自身が甘かったと反省するようにしています。


 やはり他人を変えることはできないので、変えられる自分のせいにいったんはしておいて、別のやり方を考える方に力を注いだ方が健全だと思います。


 あと、あえてもう1つコツを挙げるとしたら、どうしてもやりたくない案件を避けるために、「自分自身がやりたくて、かつ意思決定者もやりたいと思えるような案件」を一緒に並べて提示して、「どっちをやった方がいいですか?」と問うというテクニックもあります。


中野氏: そうやって意図的に議論を誘導していく“したたかさ”も併せ持っていないと、馬鹿正直に正面切った議論ばかりをしていてはメンタルが持ちませんからね。

情シスの業務理解はまず「会社全体のモノ・金・情報の流れ」を把握すべし

中野氏: 次に、「情シス側からの施策やアプローチの中で、事業部門から見て迷惑だなあと思った経験があれば教えて下さい」という質問をいただいています。


高橋氏: 迷惑だと思ったことはないんですけど、「必要以上に気を遣っていただいているな」と思うことは多いですね。どうしても情シスは現場側の動向やトレンドを察知しにくいところがあるので、結果的に事業部門に対して積極的に提案することを躊躇しているようなところが見受けられます。


中野氏: 情シスに限らず、人事や財務なども含めたいわゆるコーポレート部門の人たちは、総じて自社のビジネスや市場に対する理解が浅いような気がします。逆に、事業部門側のコーポレート部門に対する理解が不足しているケースも多いですね。少なくともそれぞれの部門の部長級の人たちは、互いがやっていることをある程度きちんと理解して、常に歩み寄れる余地を残しておくことが大事だと思います。


松森氏: サイボウズのお客様の中で内製開発がうまくいっているケースを見ると、例えば情シスのメンバーが事業部門に一定期間常駐して業務理解に努めたり、業務部門の担当者の目の前でモノを作ってみせたりと、信頼貯金を貯めるために泥臭い努力をされているところが多いですね。あるいは逆にエン・ジャパンさんのように事業部門にミドルオフィス的な組織を作って、事業部門側から情シス側に寄って行くケースもあります。

中野氏: では次の質問に行きたいと思います。「私は情シス部門に所属しており、今の情シスメンバーは全員が中途入社でフロントオフィスの実務経験がありません。フロントオフィスの課題把握を目的に、社内留学という形で一時的に情シスメンバーがフロントオフィスに異動する(または兼務する)ことを検討しています。こういった取り組みの実績がおありの企業様がいらっしゃいましたら、心掛けておいたことが良いことやメリット・デメリットなどがあれば教えていただきたいです」という質問です。


高橋氏: これはその会社の規模や組織体制によると思うのですが、分業がかなり進んでいる会社だとすると、業務現場に常駐したとしても業務全体のほんの一部しか見えないと思います。


 むしろ真っ先に知るべきは、「お客さまは誰か」と「商談の場で何が行われているのか」ということだと思います。そして次に知るべきは、顧客から紐づいたモノ・金・情報の流れですね。もちろん特定の業務の効率化を目指す場合はその業務を深く知る必要がありますが、そうでない場合はむしろビジネスプロセス全体を俯瞰できるようになることをまずは目指すべきだと思います。

理解を示してくれそうなステークホルダーを「えこひいき」する

中野氏: 「業務部門の業務統制ができておらず、似たような業務ながら各部門個別の業務になってしまっています。情シスとしては業務統制した上で共通基盤の導入を進めたいし、業務部門のトップも総論としてはそのように考えてはいます。しかし現場の業務(特に社外とのやり取りがある部分)を変える労力がどれほど掛かるのか、その労力に見合うメリットとは何なのかといったところの全貌が誰も見えておらず、抵抗に遭って進まない状況になっています。どちらが悪いというより協力すべき課題と思うのですが、どんな部署がどうリードすれば良いのでしょうか」という質問も来ています。


高橋氏: このように部門間でコンフリクトが生じた場合、まずはその上位レイヤーである経営層が方向を示して調停するのが本筋ではあります。ただし経営は経営で考えるべきことがたくさんあって、部門レベルの事情まで正確に把握できるとは限りませんから、その場合はいわゆる「各個撃破」で問題解決にあたるようにしています。


 つまりすべてのステークホルダーに対して平等にアプローチするのではなく、こちらの言い分に理解を示してくれそうなところ、かつ問題解決のためにリソースを割く余裕がありそうなところにターゲットを絞ってアプローチするようにします。その結果局所的に成果を上げることができれば、やがてその評判が他の部署にも広がってこちらの話にも耳を傾けてもらえるようになります。つまり意図的に「えこひいき」するということですね。


中野氏: 次の質問は「やる気がないというか、腰が重い社員に対してどのようなアプローチをしていますか?」というものです。


高橋氏: あえてアプローチする必要もないと思います。なかなか動かない人を動かす労力より、動いてくれる人を動かす労力の方がはるかに効率がいいのは自然なことですからね。私がコンサルタントとして支援している企業でも、すべての社員を平等に動かす「護送船団方式」を目指すことが多いのですが、限られたリソースの中で護送船団方式を実現するのはとても現実的ではありません。


 それに腰が重い社員のほとんどは、やる気がないというよりは、単に新しい取り組みに対して不安を覚えているだけなんですよね。なので「ああ、この人たちは先発隊ではなくて、後発隊なんだな」と考えた方が、双方の心を平和に保てます。

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