Salesforceのリカバリーで「最悪の事態」に陥らないために——元Salesforce中の人に聞く、運用者が知っておきたいリカバリーの3パターン



 SFA/CRMアプリケーションのデファクトスタンダードとして、世界中の企業がこぞって導入しているSalesforce。日本でも数多くの企業が導入して成果を上げているが、その一方で「想定していたほどの効果が上がっていない」「当初はうまくいっていたものの、運用を続けるうちに業務の実態にそぐわなくなってきた」など、その運用に関してさまざまな課題を抱える企業も増えている。


 このような状態に陥ってしまった企業・組織は、一体どのようにすれば「最悪の事態に陥る前に」Salesforceの運用を立て直せるのか。果たして運用体制を見直すだけでいいのか、それともコストが掛かることを承知で一から作り直した方がいいのか——。


 2022年11月に開催されたAnityA主催のオンラインイベント「Salesforceのつくりなおしで後悔しないために 失敗事例に学ぶリファクタリング戦略」では、多くのSalesforceユーザーが抱えるこうした悩みに対して、元Salesforceのプリセールスエンジニアで、現在はSalesforceの導入・活用支援サービスを数多くの企業に対して提供しているユークリッド 代表取締役の佐伯葉介氏と、長年ユーザーの立場からSalesforceの導入と運用に関わってきたAnityAの祖川慎治、さらにはAnityA 代表取締役 中野仁も交えて、運用が行き詰ってしまったSalesforceの最適な立て直し方について意見を交わした。

Salesforceの運用が立ち行かなくなる「真の原因」はどこにあるのか?

 本イベントの前半では、佐伯氏が「なぜ、Salesforceの運用が立ちいかなくなるのか 〜運用失敗のリカバリー事例を検証する〜」と題したプレゼンテーションを展開(佐伯氏のプレゼンテーション動画はこちら)。同氏がこれまで携わってきた数多くのSalesforce関連プロジェクトの経験から導き出した知見をベースに、Salesforceの運用が行き詰る代表的なパターンと、それらに対して実際に対処した事例を紹介した。


 Salesforceを長年運用し続けていると、やがてシステム管理の現場から「仕様が把握できなくなってきた」「最近わけの分からないエラーが頻発するようになった」といった声が上がることが多い。一方、Salesforceを実際に利用する業務現場からも「二重入力が多く、使いずらい」「あんな情報やこんな情報も見えるようにしてほしい」といった不満や要望が上がってくる。さらには経営層からも「これだけのコストを払っているのに、本当に効果が上がっているのか?」といった声が上がってくる……。


 これらはいわば「Salesforceあるある」とでも言うべき典型例で、恐らくSalesforceユーザーであれば多かれ少なかれ何らかの形で直面したことがある課題であろう。しかし佐伯氏によれば、これらはあくまでも「氷山の一角」であり、本質的な課題は水面下に隠れているという。


 「こうした表層的な課題の背景には、必ず経営やビジネス面における『不合理な意思決定』が存在します。従って運用が立ち行かなくなってしまったSalesforceのリカバリーを行う際には、経営やビジネスの観点から見た『合理性』がなくてはなりません。この合理性がないままに意思決定を行うと、将来、必ずそのツケを払うことになります」(佐伯氏)


 しかし実際には、現状抱えている問題の原因や構造を正確に把握した上で合理的な意思決定を下せているケースは少ないという。その主な原因として、佐伯氏は「再現性のなさ」を挙げる。


 「Salesforceのリカバリーを余儀なくされるまでに、それぞれの企業が辿った経緯や文脈、前提、歴史は各社ごとにまちまちですから、よく耳にする『ベストプラクティスに寄せろ』『要件を盛り込み過ぎるな』といった典型的な『べき論』が必ずしもどの会社でも通用するとは限りません」(佐伯氏)


 とはいえ、「一概には言えない」というだけでは、課題解決の糸口はつかめない。そこで佐伯氏は、これまで自身が数多くのSalesforceリカバリー案件に携わってきた経験の中から抽出した「Salesforceのリカバリー“3つのパターン”」を取っ掛かりにして、まずは自社がどのパターンに当てはまるかを把握するところからリカバリーのアクションにつなげるやり方を推奨する。


Salesforceリカバリーの「3つのパターン」とは?

 同氏が挙げる3つのパターンは、以下の通り。

1.リブートパターン


 これは、Salesforce導入の初期段階において早くも躓いてしまっており、よって導入を文字通り「リブート(再起動)」することが推奨されるパターン。このパターンに陥ってしまっている企業や組織でよく見られる例として、「始めてはみたものの、現場へのロールアウトが停滞または頓挫している」「Excelの置き換えで終わってしまっており、投資対効果が低い」などがある。


 要するにこのパターンは、システム的な課題以前にそもそもSFAの取り組み自体の立ち上げや定着に失敗している。そのため最も有効な処方箋は、営業コンサルティング的なアプローチになる。


 「SFAに関する営業コンサルティング的なアプローチとセットでシステムを設計してあげると、課題を突破しやすくなります。ただし既存の組織やプロセスに対する変更を伴うため、そのあたりの調整をうまくできる人材が関わらないとなかなかうまくいきません。とはいえ、この段階ではまだSalesforceの利用をやめるという選択肢も残されているので、問題の深刻度は比較的低いといえます」(佐伯氏)


2.リビルドパターン


 Salesforce導入初期にありがちな課題を克服し、リブートパターンに陥ることなくひとまずは現場での利用定着までこぎ着けられた企業・組織が陥りがちなパターン。佐伯氏によれば、「Salesforceのプロが最も直面するパターン」だという。


 Salesforce運用がひとまず軌道に乗り、その利用が現場で広がっていくにつれ、徐々に「SFAだけでなく販売管理まで取り込みたい」「単に現状の数字を可視化するだけでなく、将来の見込みや予測も見たい」といったように、現場や経営層から次々と新たな要件が上がってくる。


 そうなると、今度はSalesforceの機能を拡張するために当初の設計に手を加える必要が出てくる。しかも小手先の機能拡張ではなく、場合によってはデータモデルを根本的に見直さなくてはならないケースも出てくるため、ここではデータモデリングやSalesforceの基本設計のスキルを持つ人材によるITコンサルティング的なアプローチが求められる。


3.リデザインパターン


 SFAの取り組み自体はうまく軌道に乗り、Salesforceの利用拡大に伴うシステム拡張にも成功した企業・組織が陥りがちなパターン。Salesforceの活用自体は比較的うまくいっていたものの、経営環境の急激な変更に伴いシステムの再設計を迫られてしまうというケースだ。


 具体的には、中期経営計画の策定に伴い経営戦略ががらりと変わったり、新たなサービスを打ち出すためにビジネスモデル自体が大きく様変わりしたりといった外部環境のドラスティックな変更により、経営陣から「中期経営計画や長期ビジョンを達成するためにSalesforceを有効活用せよ」といったようなお達しが急遽現場に降りて来るようなケースが典型例だ。


 「このパターンは、Salesforce以外のシステムも含んだ業務システム全体の見直しが必要になるため、極めて難易度が高いプロジェクトになります。またSalesforce社は企業の経営戦略から自社のソリューションに落とし込むいわゆる『ビジョンセリング』が得意なので、Salesforceの導入当初からリデザインを志向するケースもよく見られます。しかし、実際にはまだ導入初期の課題もクリアできていないのに一足飛びにこのレベルを目指すのは極めてハードルが高く、得てしてさまざまな課題に直面します」(佐伯氏)


リビルドパターンを中心にSalesforce活用を一歩前に進めた事例

 上記3つのパターンのうち、最もよく見られるのが2つ目のリビルドパターンだという。例えば、佐伯氏が過去に携わったある企業のケースでは、Salesforce導入初期にありがちな「定着の壁」は、営業企画出身のAdminやSalesforce社のAEの奮闘によって何とか乗り越えることができた。


 しかし、徐々にデータの量や種類が増えてきたり、ダッシュボードの変更などといったさまざまな拡張を繰り返すうちに、Salesforceの運用性や管理性が徐々に低下してきてしまった。さらに経営陣から直々に「ビジネスの成長目標を達成するためにSalesforceをさらに有効活用せよ」との命が下ったため、Salesforceの大型改修プロジェクトを新たに立ち上げることになった。


 具体的には、これまで「受注までの営業プロセス」を支援するSFAとして利用してきたSalesforceに、受注後の売上計上や売上管理の支援機能まで担わせたいという要件が新たに上がっていた。これらの機能はそれまで、ExcelやAccessで作成した帳票や、スクラッチ開発した販売管理システムなどで担ってきたが、これらをSFAとシームレスに連携させることで営業プロセス全体を効率化したいとの狙いがあった。


 具体的な手段としては、既存の販売管理の仕組みをSalesforceと連携させるか、あるいはSalesforce上に新たに販売管理の機能を実装するといったように、幾つかの方法が考えられた。その中から最適な手段を選択し、さらにそれを適切な形で実装するためには、何よりも「開発体制」を最重要視すべきだと佐伯氏は考えた。


 「SFA以外の広範な業務やシステムが絡んでくる難易度の高いプロジェクトなので、ITベンダーにお金さえ払えば何とかなるというわけにはいきません。プロジェクトのスコープが極めて広いため、自ずとベンダーの数も多くなり、いわゆる『大船団方式』になりがちです。しかし一方で、ユーザー側は内製開発を基本線に既存の仕組みをちょっと改良するだけで済むのではないかという感覚を持っていて、認識のギャップを埋めるのに苦労しました」(佐伯氏)


 最終的には、内製ではまかなえない部分をピンポイントで支援できるベンダーを佐伯氏個人のネットワークを駆使して探し出して、何とかプロジェクト全体の座組みを成立させたという。


 「こうして伴走型の支援を提供してくれるパートナーとの役割分担や、中長期的な視点に立った内製移行プロセスなどを計画する部分が、最も再現性が低く、難しいと感じました」(佐伯氏)


リブート・リビルド・リデザインが複合的に混ざり合った事例

 一方、中にはリブートとリビルド、リデザインを一気にやらなくてはならないケースも存在するという。佐伯氏が支援に携わったインターネット広告企業のケースでは、一度は頓挫していたSalesforceの導入を、経営陣の意向によって再チャレンジすることになった。


 この側面だけを見るとリブートパターンの典型のように見えるが、一方でこの会社ではSalesforceの導入に頓挫した後、Kintoneを使って約200ものアプリケーションを業務ごとに個別最適で構築していた。そのため再び導入するSalesforceには、これらばらばらに散在するKintoneアプリケーションのデータやプロセスを統合し、情報活用を促進したりビジネス環境の変化に柔軟に追随できるシステムを実現する役目が期待されていた。これはリブートというよりは、むしろリビルトパターンに該当するケースだと言えよう。


 さらにこの会社は別の大手企業に買収された直後で、買収元の顧客基盤を引き受けたり、サービスを互いに連携させる必要性にも迫られていた。再導入するSalesforceにはこうした要件に応えることも求められており、その意味ではリデザインパターンの要素も含まれている。


 このようにさまざまなレイヤーの要件が複雑に入り組んだ状況を整理するために、まず佐伯氏は200のKintoneアプリが乱立するシステムの全体像を把握することから始めた。その後、システムの機能を幾つかに分類して個別のプロジェクトに分割するとともに、それぞれに優先順位を設定してCIOから合意を得た。


 その上で、それぞれのプロジェクトを同時並行で走らせるための体制作りやパートナー選定、メンバーの教育施策などを進めていった。その際には多数の関係部署とのシビアな調整を強いられたが、最終的には“力業”で何とかプロジェクトを建て付けることができたという。


 「このように全体をきれいに構造化できたとしても、やはり取り組み自体はカオスです。またやるべきことがクリアになったとしても状況は刻一刻と変わりますし、人を巻き込んでやらなければいけない話なので、コミュニケーションも自ずとストロングスタイルになってきます。やはり全体としては、かなりパワーを要する取り組みになりました」(佐伯氏)


Salesforceリカバリーのタイミングはいつか必ずやってくる

 ここで紹介したような事例は決して特殊な例ではなく、「Salesforceの運用が立ち行かなくなるタイミングは、ほぼ必ずやってくる」と佐伯氏は指摘する。


 「たとえSalesforceの導入に成功して、一時は順調に運用できていたとしても、時が経ってビジネスのフェイズが変わると『現状のままでは使い続けられない』という状況に必ず直面します。従って、Salesforceのリカバリーのタイミングは必ずやってくると考えておいた方がいいでしょう」(佐伯氏)


 またSalesforceが一時でも業務にうまく浸透していればいるほど、立ち行かなくなってしまっても、今さら簡単に利用をやめるわけにはいかない。しかもその状態を放置している期間が長引けば長引くほどビジネス損失も拡大していってしまうため、「逃げることなく、いかに前に進むのか」を考えることがとても大事だと同氏は強調する。


 一方、前出のリデザインパターンに代表されるように、経営陣の号令によって一気にSalesforceに大幅見直しがかかるケースも多い。これは一つには、企業の経営陣が抱える経営上の課題や関心に対して、Salesforce社がビジョンセリングという形で「大きな提案」で応えられるという背景がある。そのため、Salesforceを利用している企業は「常に先回りして経営課題に応えられる準備を整えておかないと、いきなり号令が降りてきたときにパニックに陥ってしまう」と佐伯氏は言う。


 「とある大手食品チェーン企業のCIOの方が部下に言った言葉に、『ただ、やりたいことだけを盛り込んでRFPを書いたら、Salesforceにしかならないよ』というものがあって、とても印象に残っています。単にやりたいことだけを挙げるのではなく、常日頃から自分たちでオーナーシップを持って『やりたいこと』『既にできていること』『できないこと』を把握するよう努めていれば、Salesforceの運用もきちんとコントロールできるようになるのではないかと思います」(佐伯氏)


執筆

吉村哲樹記事一覧

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。

イベント企画・記事編集

後藤祥子記事一覧

ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

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