大規模なSalesforceリファクタリングプロジェクト、進め方や手順のコツは?——元Salesforce中の人に聞いてみた



 

 2022年11月18日に開催されたAnityA主催のオンラインイベント「Salesforceのつくりなおしで後悔しないために 失敗事例に学ぶリファクタリング戦略」。前半では、元Salesforceのプリセールスエンジニアで、現在ではSalesforceの導入・活用支援サービスを数多くの企業に対して提供しているユークリッド 代表取締役の佐伯葉介氏が、自身のこれまでの経験を踏まえたSalesforceリファクタリングの実態についてプレゼンテーションを行った。


 なお、イベント前半のプレゼンテーションの内容は、別途「Salesforceのリカバリーで『最悪の事態』に陥らないために——元Salesforce中の人に聞く、運用者が知っておきたいリカバリーの3パターン」と題した記事で紹介しているので、未読の方はまずこちらをご一読されたい。


 後半では、このプレゼンテーションの内容を受け、AnityAの中野仁および祖川慎治を交えて「運用に行き詰ってしまったSalesforce」のリカバリーの実態について鼎談が行われた。また最後には、イベント参加者から登壇者に寄せられた質問に答えるQ&Aコーナーも設けられた。


SalesforceのSFAと販売管理をどのようにつなげればいいのか?


中野氏: 佐伯さんのプレゼンテーションは、本当にうなずける内容ばかりでしたね。


祖川氏: 特に印象的だったのが、SFAの範疇を越えて会計の業務まで連携しようとすると、途端に難易度が上がる、というお話でした。Salesforceの運用で直面する課題としては、本当によくあるパターンですよね。


佐伯氏: 私自身、かつてはSalesforce社でプリセールスとしてライセンスを売る立場にいたのですが、Salesforceの営業さんは「受注を伸ばすためのSFAの提案」は本当にうまい半面、受注処理以降の販売管理や会計へとさらにつなげていくとなるとやはり勝手が違ってきます。


中野氏: そこで、Salesforceのプラットフォーム上に販売管理の機能を実装しようとして地獄を見る——というのもよくあるパターンですね!


佐伯氏: そうですね。ただ、販売管理と連携して、速報や実績値が可視化されて予測を立てられるようになって、はじめて経営にとって本当に役立つツールになる——というのも事実ですから、難しいところですね。


祖川氏: 会計は販売管理に範囲を広げた途端、ステークホルダーが一気に増えますからね。しかも、それぞれの立場で数値の正確性を追求していった結果、業務ごとに指標の定義がばらばらになっていたりします。例えば「売上」という指標一つとっても、どの時点の数値を売り上げと見なすかが各部門で異なっていたりします。


中野: 例えば中堅規模の企業でSalesforceと販売管理の連携を考える際に、何らかのベストプラクティスのようなものはあるのでしょうか?


佐伯氏: Salesforce AppExchangeにはSalesforceパートナーさんが開発したさまざまなアプリケーションが登録されていますが、本格的な販売管理ができそうなものはあまりないのが実情ですね。それに会計の数字を扱うとなるとIT全般統制の縛りを受けるので、Salesforceのプロセスとはあまり相性がよくないとも言えます。基本的には、お金に絡む部分はなるべく外出しした方がいいように思います。


中野氏: それに日本には海外には見られない商習慣が多くありますから、販売管理を自社の強みの源泉としてスクラッチ開発している企業も多いですよね。そういうところが、わざわざ既存資産を捨ててパッケージに乗り換えるメリットはあまりないのかもしれません。そうではなく、既存システムとSalesforceを疎結合の形で連携させた方がいい気もします。


佐伯氏: そうですね。実際に私が今まで経験してきたケースでも、Salesforceと販売管理システムのそれぞれでWeb画面を作って、お互いに呼び出し合ってリアルタイム連携させるような連携方式が一番多かったですね。


マスタデータの整備をどこまで追求するべきか?


祖川氏: 佐伯さんのプレゼンテーションでもう1つ印象に残ったのが、社内にKitoneアプリが乱立してマスタ情報が迷子になってしまっていた——という事例のお話ですね。SalesforceのSFAの仕組みを販売管理とつなげようとした際も、やはり同じ課題に直面すると思います。例えば取引先の企業コードも、法人ごとに付与すればいいのか、事業所単位で付ければいいのか、SFAと販売管理で分かれていることもあります。


佐伯氏: そういう課題を解決する手段としては、データハブ的な仕組みを設けたり、きちんとMDMの取り組みを行うのが正論だとされていますが、一方でビジネスモデルががらりと変わって例えば顧客データをお客さんが直接登録するようなサービス形態になった場合、それまでのマスタ管理の仕組みが一気に通用しなくなる可能性も出てきます。


中野氏: 特にビジネス環境の変化スピードが早い業界では、そうしたケースをあらかじめ想定した仕組みにしておいた方がいいですよね。


佐伯氏: これまで数多くの中小企業の成長過程を見守ってきた身からすると、最終的にはきれいな構造を目指すとしても、成長途上の過渡期ではどうしてもぐちゃぐちゃなやり方を取らざるを得ないこともあるような気がします。なので私も、やはりデータがきれいでなくても済む方法を考えておいた方がいいと思います。


中野氏: そうなったときに重要になってくるのが、中間でデータやプロセスをつなぐレイヤーですね。そこの仕組みを設計したり運用するには非常に高いスキルが必要になるのですが、その難しさが周囲からなかなか理解してもらえないので正当な評価を受けられないのが辛いところです。


祖川氏: Salesforceに関しても、よく「Adminの人たちが何をやっているのかよく分からない」という声を聞きますが、そうした人たちが見付けた課題が大きな業務改善につながることは多々あることなので、本当はそうした人々にもっと光を当てるべきだと思います。


システム全体をスコープにしたリファクタリング案件が増えている


中野氏: システムの疎結合やデータの整流化のような取り組みは、本来はデータ基盤のようなものを作って、ビジネス環境の変化に柔軟に対応しつつ、しっかり予算と体制を整えて中長期的に取り組んでいくべきものです。しかし、こうした見通しや計画性がないと、どうしても「SAPやSalesforceを入れて一気にビッグバン導入!」といった流れになりがちです。しかも、そのビッグバン導入がうまくいったケースを私は見たことがありません。


佐伯氏: この手の案件において、ビッグバンというのは基本的にあり得ないと個人的には考えています。もしビッグバンしかないと考えているとしたら、それはシステムの全体像を把握したり、個々のシステム機能を分類する際の“解像度”が甘いだけだと思います。


中野氏: 一見ビッグバンに見えても、実は中身は細かなフェーズに分けられていたりしますからね。ただ、あまりにも各フェーズの並列度が高かったりすると、外から見るとビッグバンにしか見えないこともあります。それにプロジェクトが長期化することも多いですからね。


佐伯氏: プレゼンでも話しましたが、Salesforce社がビジョンセリングをして、ドーンと大きな提案をした場合は、もうゼロの状態からリデザインまで一気にやらなければいけないプロジェクトが立ち上がることもあります。そもそもSFAの取り組みもまだ定着していない状況で、販売管理ともうまく連携しつつ、BIでの可視化も視野に入れつつ、かつ新規のデジタルサービスもHeroku上に新たに乗ってくる……。そんな大きな話になると、1年目はまだいいんですけど、2年目以降に徐々にやばくなってくるというのはよくあるケースですね。


祖川氏: 一度導入したSalesforceの中身が複雑化してしまって、何が何だか分からない処理が行われているので、いったんきれいにするためにリファクタリングしたくなる、というケースも多々ありますよね。


佐伯氏: それもありますね。大手企業であれば予算や体制もきちんと用意できるので、ある程度はできると思いますが、中堅・中小企業だと厳しい面があります。しかし最近では、規模が小さな企業が急速に成長して、急遽、これまでとは異なる予算管理の仕組みが必要になるようなケースも珍しくありません。それに伴い、Salesforceのリファクタリングの必要性に迫られるケースも増えているように思います。システム全体をスコープにしたSalesforce案件は、今や大企業の専売特許ではなく、中堅・中小企業の間でも決して珍しくなくなってきています。


早期に効果を刈り取れる部分から着手するのがおすすめ


中野氏: 大規模なSalesforceリファクタリングプロジェクトに臨むにあたって、おすすめの進め方や手順、着手のコツなどはありますか?


佐伯氏: 一概には言えないのですが、やはり手早く着手できて、比較的短期間のうちにある程度の効果を出せそうな部分から始めるというのは一つの定石ではあります。具体的には、やはり販売管理の部分までは踏み込まずに、まずは受注管理の部分やフロント系のあたりからスタートすることが多いですね。こうして時間を稼ぎながらよりチームの理解を深めていくのが最も安全な方法だと思います。あとは、プロジェクトのスタート時点で、まずは人海戦術でデータのクレンジングを行うことも多いですね。


祖川氏: それは大事ですね。現状のデータがぐちゃぐちゃなので、まずはきちんとマージして整理しておかないと、後のフェーズで手戻りの原因になりますからね。この時点で何とかシステムの俯瞰図を書いていわゆる“As Is”を把握することはできるんですけど、将来のあるべき姿、つまり“To Be”を描ける人材はなかなかいませんね。


佐伯氏: As Isを描けているだけでもすばらしいと思いますけどね! 大規模な企業だと、もう1枚の絵では表現できなくなるぐらい複雑になってくるので。


中野氏: あと佐伯さんのプレゼンで印象に残ったのが「リブートパターン」の話です。あまり深い考えなしにSalesforceを入れてしまって、全然使いこなせなかった——というケースですね。このパターンは、まだ傷が浅いうちにSalesforceの利用をやめてしまったり、「機が熟すまでSalesforceの導入を控えよう」という結論に至ることもあるのでしょうか。


佐伯氏: このパターンに陥っている企業は大抵、そもそも何の作戦も立てずにSalesforceを入れてしまった結果、既存のワークシートの内容や既存のプロセスをそのままSalesforceに載せるだけに留まっているんですね。裏を返せば、きちんと作戦を立ててファシリテートできる人が一人でもいれば、状況はまったく変わってきます。なので、実はこの状況から抜け出せなかったパターンは、私はほとんど見たことがありません。一人でもSalesforceの価値を理解できている人がいれば、大抵の場合は壁を突破できます。


経営層にリファクタリングの難しさについて理解を求めても無駄?


中野氏: イベント参加者の方々からかなり多くの質問をいただいていますので、その中から幾つかピックアップして紹介したいと思います。「経営者に冷静に『難しさ』を理解してもらうために、どういう例え話をしたら刺さるのでしょうか?」と言う質問をいただいていますが、佐伯さんはこのあたりどうお考えですか?


佐伯氏: そうですね……気持ちはとても分かるのですが、難しさを経営層に伝えようとしたところで「難しくてもやれ」と返ってくるだけなので、もう少し別のアプローチを考えた方が得策のような気もします。


祖川氏: 経営層にエンジニアとしての経験がない限り、本当の難しさを理解してもらうのはそもそも無理ですから、そこに期待するよりも、それを行うことによるビジネス面での効果や価値、あるいは理解を得られなかった場合の代替案を考える方が建設的かもしれませんね。

中野氏: そうですね。それをやることの目的をきちんと説明することと、あとは経営層が最も気にする投資対効果を前面に押し出した方がいいと私も思います。次に、「未経験のAdminが構築する時によく陥るような失敗はありますか?」という質問も来ています。

佐伯氏: 例えば営業アシスタントの方がデータインプットの延長線上でSalesforceのカスタマイズをちょっと覚えてAdminの業務を担うようなケースでは、やはりシステム開発の基本的なお作法を知らないので、項目の命名規則を設けずに「テスト1」「フィールド1」といったような項目名を付けてしまったり、バックアップをそもそも取らずにいじってしまうようなことがありますね。こうしたことはシステム開発の基礎中の基礎なので、まずは情シスの方にアドバイスを求めるのが最も無難だと思います。


祖川氏: ちょっとSalesforceを覚えると、ついつい周りの要望に応えてしまいたくなるんですよね。その結果、Salesforceのカスタマイズ以外の方法が選択肢から外れてしまいがちです。そうではなく、「これはSalesforce以外の方法の方がいいのではないか?」と考えられるかどうかも大事ですね。


佐伯氏: とりあえずのアドバイスとしては、「何かを変えるときは必ずスクリーンショットを残しておく」「データのバックアップは必ず取る」「第三者にチェックを必ず依頼する」といったあたりでしょうか。これらをおさえておけば、万が一ミスを起こしても深刻なトラブルに陥ることはないでしょう。


Salesforce側からの値上げ交渉にどう応じるべきか?


中野氏: 「Salesforce開発ベンダーの能力の見極め方、ポイントがあったら教えてください」という質問もいただいています。


佐伯氏: 「そんなの言われなくても分かるじゃん」と思ったのですが、ひょっとしたら私の感覚が麻痺してしまっているんですかね?


祖川氏: それは麻痺していると思いますよ! ベンダー選びに失敗してSalesforce導入が頓挫するケースは決して少なくありません。


佐伯氏: なるほど……自分が普段ベンダーを見極めるときにどんなところを見ているかというと、例えばこちらから何か要望を出した時に、無条件に「分かりました!」「やります!」とだけしか返ってこないようなところは危ないですね。そうではなく、きちんとSalesforce用語で会話が成立する相手ならある程度は信用が置けると思います。またPMが案件を多く抱えすぎていたり、その裏で何人が手を動かしているのか分からないといったように、内実がなかなか見えない会社も危ないかもしれません。


中野氏: その辺りの判断がなかなかつかない場合は、Salesforceプロジェクトの経験が豊富な人にパートナー選定を手伝ってもらうことをお勧めしますね。


祖川氏: そうですね。あとは、「会社を選ぶ」というよりも「優秀な個人を選ぶ」という観点でパートナーを選ぶと失敗がないと思います。


中野氏: 最後に、「開発を進め業務基盤として活用範囲を広げてきたが、気付けばライセンス料が営業利益の10%を超える水準になってしまいました。活用度が高いので、毎年の値上げ価格交渉で不利になっています。代替手段の準備の仕方にセオリーはあるのでしょうか?」という、とても生々しい質問を取り上げたいと思います。


祖川氏: ライセンス料は「単価」「数」「期間」で決まってきますから、まずはそのうちのどれを交渉材料にするかを考えるべきでしょうね。例えば「契約期間を延ばすから、その分単価を据え置きもしくは下げてくれ」といったような具合ですね。あとは競合の名前をちらつかせるのも常套手段です。


佐伯氏: 本来はSalesforce側から新たな提案を出して、その価値を理解してもらった上で追加のライセンスを購入してもらうのが筋です。従って質問にあるように、ライセンス料が営業利益を圧迫しているような状況で値上げを迫るのは、本来あるべき提案の姿ではないと思います。そんなときは「提案が少ないね」「やめる方向で考えています」とはっきりSalesforce側に伝えるのがストロングスタイルの交渉だと思います。


中野氏: とはいえ「でも今さらやめられないでしょう?」と足元を見られるケースも実際にあるので、常に利用をやめられる準備を整えておくことは重要ですね。例えば、Salesforceの外部にデータ基盤を構築してデータだけはロックインされないようにしておけば、他の製品に乗り換えやすくなります。交渉の場でこうした切り札をちらつかせられるようにしておくことは、ユーザーとベンダーの間の「健全な緊張感」を維持する上でもとても重要だと思います。

執筆

吉村哲樹記事一覧

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。

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ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

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