ロゴ エンタープライズITの変革者と伴走するメディア

エンタープライズITの変革者と
伴走するメディア

「脱・SIerへの丸投げ」で組織とビジネスはどう変わったのか——国連UNHCR協会のサンドバーグ氏に聞く劇的な変化

2021.09.30 データ組織 データ活用 組織改革 DX SIerとの付き合い方

 これからの企業経営を考える上では「データ活用」の視点が欠かせないと言われている。しかし、その一方でデータをうまく活用して実際に業績を伸ばしている企業はまだほんの一握りで、大半の取り組みは思うような成果を上げられていないのが実情だ。


 うまくいかない理由はさまざまだが、特に多く見受けられるのが「データの分散と分断が引き起こす“サイロ化”の問題」と「データ活用プロジェクトを進める際の“体制”にまつわる課題」だ。


 サイロ化を回避するには「エンタープライズアーキテクチャ」の観点に基づくシステム設計が欠かせないし、データ活用プロジェクトを円滑に進めていくためには内製化の体制を整えることが有効だと言われている。しかし、残念ながらこれらの取り組みに成功している例は日本ではまだあまり多くないようだ。


 そんな中、優れたアーキテクチャ設計と内製化の取り組みによってデータ統合プロジェクトを成功に導いたのが、国連UNHCR協会でCIOを務めるカール・サンドバーグ氏だ。同氏は外資系大手証券企業で長らく情報システムの設計・構築・運用に携わった後に非営利団体のCIOに転身し、現在は金融業界で培ったスキルや人脈を生かして情報システムの観点から国連UNHCR協会の活動を支えている。


国連UNHCR協会でCIOを務めるカール・サンドバーグ氏


 2021年7月29日に開催されたAnityA主催のオンラインイベント「『アーキテクチャ』と『内製化』でデータのビジネス活用が激変 先駆者に聞く、劇的なビフォーアフター」では、この事例をとりあげ、「本質的なデータ活用を進める上で内製化が欠かせない理由」についてのディスカッションを行った。


 イベントの前半では、サンドバーグ氏が国連UNHCR協会において、Salesforceの導入プロジェクトを契機にデータ統合基盤の構築に挑んだ背景や経緯を「内製化で脱データのサイロ化プロジェクトを成功させるまでの道のり」と題したプレゼンテーションで紹介。後半ではそれを受けて、識者4人がディスカッションを展開した。


 本記事では、サンドバーグ氏のプレゼンテーションと、有識者のディスカッションの模様をお伝えする。


●「SIerに丸投げ」で失敗してきたSalesforce導入に「内製化」で挑む


 特定非営利活動法人国連UNHCR協会(Japan for UNHCR)は、国連の難民支援機関である 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の活動を支える日本の公式支援窓口であり、その活動資金は、主に各国政府による拠出金と民間からの寄付金によってまかなわれている。国連UNHCR協会はそのうちの民間寄付の受付窓口やプロモーションなどを担う非営利団体という位置付けだ。2020年度には57億9487万円の寄付金を集め、そのうち50億円以上を個人寄付が占めているという。


 同協会ではさらに多くの寄付金を集めるべく、データを活用して寄付者のニーズや傾向などの分析を進めている。具体的には、SalesforceのMA(Marketing Automation)ツールである「Pardot」を活用して、寄付者のプロファイルの分析やセグメンテーション、パーソナライゼーション、ジャーニーマネジメントなどに取り組んでいる。


 サンドバーグ氏が3年前に同協会に参画して初めて手掛けた仕事が、このSalesforceの導入だった。


 「私が参画する前に、UNHCRでは既に何度かSalesforceの導入に取り組んでいましたが、失敗に終わっていました。聞けば、すべての作業をSIerに丸投げしており、かつウォーターフォール型でプロジェクトを進めていたために膨大な費用が掛かってしまい、結局、途中でコストが超過して断念せざるを得なかったのです。そんな無駄なコストを費やすぐらいなら、自分たちでできるだけやって、浮いたお金を難民支援に回した方がいい、と考えました」(サンドバーグ氏)


 そこでサンドバーグ氏が中心となり、協会内でSalesforceを自力で設計し、導入できるようにするための内製化の体制を整えた上で、アジャイル開発に対応できる海外のパートナー企業と組んで開発を進めることにした。また、それまでは定価で購入していたSalesforceのライセンスも、ベンダーと交渉して非営利団体用の安価なライセンスに切り替えた。


 ちなみにこれらの施策を進める上では、「寄付金事業の責任者を務める資金調達担当者の理解が不可欠だった」とサンドバーグ氏は振り返る。幸いなことにこの担当者は、Salesforceの新たな仕組みの導入に理解を示してくれたため、協会内で大きな抵抗に遭うこともなくスムーズにプロジェクトを進めることができたという。


 さらには内製化チームの体制を強化するために高いスキルを持つアーキテクト人材を新たに雇用したり、外部のパートナー企業から期間限定で技術系の人材を迎え入れるなどの施策を実行した。


●「業務やプロセスをまたいだデータ」を俯瞰し、分析するための仕組みを構築


 寄付者のニーズや傾向をより正確に分析し、そこで得られた知見を基にさらに魅力的な企画やキャンペーンを立案していくためには、寄付者や支援者に関するさまざまな情報を一カ所に集約してさまざまな角度から分析したい——。こう、サンドバーグ氏は考えたが、かつての同協会の業務システムは、業務やプロセスごとにシステムがばらばらに存在している「サイロ化」状態に陥っており、業務やプロセスをまたがってデータを俯瞰できる仕組みを持っていなかった。


 そこで同協会ではSalesforceの導入を機に、データ統合基盤の構築に乗り出した。幾つかのデータ統合製品を比較検討した結果、最終的に同協会が選定したのがインフォマティカのデータ統合クラウドサービス「Informatica Intelligent Cloud Services(IICS)」だった。


 「当初は、SQL Serverで構築したDWHとSalesforceのデータベースとの間の同期をとるために、Shift JISとUTF-8のコード変換ができるツールを探していて、たまたまIICSに行き着きました。しかし、よくよく調べてみると、コード変換以外にも高度な機能を数多く備えていることが分かり、当時構想していたアーキテクチャを実現する上では最適な製品なのではないか、と考えるようになりました」(サンドバーグ氏)


 こうして同協会では、IICSを中心として、Salesforceをはじめとする各種アプリケーションのデータを連携する仕組みを構築した。


 具体的には、Salesforceのほかにも、経費精算や給与のクラウドサービス「freee」のデータをREST API経由でIICSに取り込んだり、財務会計クラウドサービス「NetSuite」のデータをアダプター経由でIICSに取り込み、ETL処理を施した上でSQL Serverで構築したDWHに集約した。またこれらのデータは、さらにIICSによるETL処理を経て、Power BIやExcelを通じてユーザーが直接参照するレポートの形へと変換される。


国連UNHCR協会のシステム構成

 このような一連の仕組みを実現したことで、それまで各アプリケーションに分散していたデータをDWHに集約して、互いに突き合わせることで高度な分析が可能になったという。


 「さまざまな工夫を凝らしつつ内製化したことで、かなりコストを抑えながらこの仕組みを実現できました。多くの非営利団体は私たちと同様に、高い給料を払えないがために内部に優秀な技術者を雇うことができず、やむなくSIerに丸投げした結果、逆に費用が高くついてしまうという共通の悩みを抱えています。そうした方々に私たちの経験を伝えることで、少しでもお役に立てればと考えています」(サンドバーグ氏)


●前例にとらわれず、試行錯誤しながら内製化の体制を構築


 サンドバーグ氏のプレゼンテーションに続いて、インフォマティカ・ジャパン プロフェッショナルサービス本部 本部長 湯澤弘幸氏と同社 セールスコンサルティング本部 第二セールスコンサルティング部 プリンシパルセールスコンサルタント 中島良樹氏、AnityA 代表取締役 中野仁氏を加えた4人によるディスカッションが行われた。


 ここからは、その模様をお伝えする。


中野氏 サンドバーグさんが来るまでのUNHCRのシステム開発は、外部のSIerにほぼすべてを丸投げしていたとのことですが、これを徐々に内製化の方向にシフトしていくに当たってどのような取り組みの工夫をしたのでしょうか。


AnityA代表取締役社長の中野仁

サンドバーグ氏 私が証券会社で働いていたころに一緒に仕事をしていた凄腕のアーキテクトに声を掛けて、来てもらったりもしましたが、もともと協会内にいたメンバーたちの育成にも力を入れました。ほかにも、ちょっと面白い方法として、パートナー企業の若手エンジニアに半年間、プロジェクトに入ってもらうようなこともしました。


 実はこのパートナー企業はインフォマティカの競合製品を扱っていて、当初は私たちも、その競合製品を選定候補に挙げていたのです。しかし、最終的にはこの製品を蹴ってインフォマティカのIICSを採用することに決めました。


 でも、その会社の担当者がとても優秀だったので、「御社でもインフォマティカ製品を取り扱いませんか? もしそうしてくれるのなら、私たちのところに若手エンジニアを派遣していただければ、短期間のうちにインフォマティカのスキルを身に付けられますよ」と提案したんです。


 結果的に、その会社からETLに詳しい優秀な若手エンジニアを半年間、派遣してもらいました。彼はインフォマティカ製品のスキルを吸収し、私たちは彼からETL周りの技術について多くを学ぶことができました。


中野氏 とても興味深い取り組みですね! そうやってパートナーさんにもメリットがあるような提案をすることで、WIN-WINの関係を長期的に築けるようになりますね。


サンドバーグ氏 そう思います。この手の施策では、前例にとらわれず、その時に最善だと思うことをした方がいいと思いますね。


 例えばこれはインフォマティカとは直接関係のない案件の話なのですが、とあるパッケージ導入プロジェクトを担当する予定だった従業員が退職して独立すると言い出したんです。彼の上長は「そんな勝手なことは認めない!」と激怒したのですが、私は「だったら独立後に私たちが彼の最初の顧客になればいいのでは?」と提案して、彼が退職・独立後も私たちと一緒に同じプロジェクトを進められるようにしました。


 このようなやり方は、日本の組織ではとかく「前例がない」という理由でなかなか認めてもらえないのですが、幸いなことに協会内で大きな発言力を持っていた資金調達担当者がとても進んだ考え方の持ち主で、前例のありなしにはまったくこだわらない人だったので、こうした一見すると大胆に見える施策もスムーズに進めることができました。


●「データの主権」を確保するには「データ基盤の整備」が不可欠


中野氏 今回のプロジェクトでは、すべての作業を内部のメンバーだけで行ったのではなく、パートナー企業の助けも借りたそうですが、パートナーも以前とは違う方法で選んだのでしょうか。


サンドバーグ氏 以前は国内のSIerに丸投げしていたのですが、どこもプロジェクトの進め方はウォーターフォール型で、期間も2年間かかると言われていました。コストも膨大で、途中の仕様変更は一切認められず、リリースした後の仕様追加もその都度コストが発生します。そこで、もっと柔軟性の高いアジャイル開発に対応できるベンダーを探したところ、香港でいいSIerが見付かったので、そこと組んで進めることにしました。


中野氏 グローバルでシェアの高い製品を選んでおくと、そうやって海外のパートナーとも柔軟に組めるのが大きなメリットですよね。


サンドバーグ氏 そうですね。ちなみにプロジェクト開始当初は向こうに日本語ができる担当者がいたのですが、途中で退職してしまって一時はどうなるかと思いました。でも、こちら側のプロジェクトメンバーが、DeepLの翻訳エンジンをうまく使いこなして英語でコミュニケーションを取れるようになったので、言語の違いも大きな障壁にはなりませんでした。


中野氏 そうやって今回無事、インフォマティカを中心にさまざまなクラウドアプリケーション間で柔軟にデータを連携できる基盤を実現されたわけですが、今後はどのような施策を考えておられるのですか?


サンドバーグ氏 財務会計アプリケーションとして現在はNetSuiteを利用しているのですが、機能を追加するのに膨大なライセンスコストが掛かるため、これをWorkdayにリプレースしようと考えています。


 このようにまったく違うサービスに乗り換える際には、得てしてデータの移行が問題になりがちですが、私たちは既にインフォマティカをベースにしたデータ基盤を構築し、データの流れやありかが分かるようにしているので、データが失われたり移行が難しくなるような事態は避けられるはずです。


中野氏 データをSaaSサービス側に預けっぱなしにするのではなく、自分たちでデータ基盤を構築してデータを保持していれば、データを人質に取られることなく、自分たちで“主権”を持てるわけですね。これによって、システム入れ替えの可能性が担保されますから、エンタープライズアーキテクチャを考える上で、極めて重要なポイントといえるでしょう。


●システム選定で大事なのは、「目指す将来像から逆算」すること


中島氏 ここまでデータ連携基盤の重要性を理解されているお客さまは、実はそう多くはなくて、大抵の場合はアプリケーションのおまけのような感覚で導入されるケースが大半のような気がします。


インフォマティカ・ジャパン セールスコンサルティング本部 第二セールスコンサルティング部 プリンシパルセールスコンサルタントの中島良樹氏

 でも、やっぱりデータ連携基盤を入れることで、今までサイロ化されていたシステムのいい所と悪い所があらためて分かるようになりますし、データ活用のスピード感も上がります。また、そのために掛かるコストも下げることができます。


 実際、こうしたビジョンをきちんと描いて弊社の製品を導入したとあるお客さまから、4年経った後に「あのときに入れたデータ連携基盤が社内で高く評価されて、ちょっと偉くなっちゃいました!」と連絡をいただいたときには、やはりうれしかったですね。


中野氏 結局はアーキテクチャが大事だということですよね。しかもアーキテクチャというのは単なるシステム構成ではなくて、サンドバーグさんのプレゼンでも語られていたように、「その姿にすることで、経営やビジネスにどんなベネフィットをもたらすのか」という点が最も大事になります。


インフォマティカ・ジャパン プロフェッショナルサービス本部 本部長の湯澤弘幸氏

湯澤氏 これを費用対効果という点で考えてみると、もうかつてのように「何十億円規模のERP導入プロジェクトをどーんと打ち出す」ようなやり方が評価される時代ではないような気がします。

 もっと小さい規模でもいいから早期に成功体験を積み重ねていくような取り組みの方が、ビジネス側の人たちにも手早く成果を示せますし、それによってその先の展開にもつなげやすくなります。


 弊社としても今後は、そういう「スモールスタートの取り組みを目指すお客さまをどう支援していけるか」が重要になってくると考えています。


サンドバーグ氏 私たちもインフォマティカに初めて興味を持ったのは、あくまでも「Shift JISの文字コード変換ツール」としてでしたからね。でも、そこから徐々に製品について勉強しながら取り組みの範囲を広げていって、最終的に今の姿まで辿り着くことができました。


中野氏 「スモールスタートできること」と「最終的に目指すべき姿をきちんと思い描いておくこと」、この両方が大事なのだと思います。


 そうしないと、目先の課題の解決だけにとらわれて安価なポイントソリューションを都度導入しては、次のステップに進もうとした時に「あれ、こんなはずじゃなかった!」「また別の製品を入れないと対応できない!」ということになって、だんだん身動きが取れなくなってしまいます。


 やはり、組織として将来目指すべき姿(ToBe)を先にきちんと定義して、そこから逆算する形で必要なシステムを実装していくことが大事ですね。


後編を読む


【執筆:吉村哲樹 編集:後藤祥子(AnityA) イベント企画:AnityA】


■関連記事

データ組織立ち上げ中のアサヒグループHD大江氏に聞く——「生きたデータ活用」を成功させるために足りないのはどんな人材なのか

その仕事は「誰のため?」「何のため?』——ANAの野村氏が「アジャイル的・SaaS的アプローチ」で挑む、エンタープライズ企業のカルチャー変革

渋谷区の“超DX”は「古き良き昭和の区役所に戻るため」——“脱・お役所仕事”のファーストペンギン、渋谷区の副区長 澤田伸氏が語る「区政改革の本質」

なぜ、「やる気がなくなる働き方改革」ばかりが横行するのか——「脱・名ばかり働き方改革」の進め方

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。