データ組織立ち上げ中のアサヒグループHD大江氏に聞く──「生きたデータ活用」を成功させるために足りないのはどんな人材なのか


 IT関係者の間で話題となった「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」とその続編にあたる「DXレポート2」。この2つのレポートは、データ活用によるDXを促すとともに、それを実現するためには組織文化の変革が不可欠であることを示している。

 このレポートを受けて、データ活用に取り組む企業が増えているが、思うような成果を出せない企業も少なくない──。こう話すのが、データ総研でエグゼクティブシニアコンサルタントを務める小川康二氏だ。

 データ活用に成功する企業と失敗する企業は、どこが違うのか──。2月18日、この問いに対する答えを考える「データ活用で『成功する企業』と『失敗する企業』は、どこが違うのか? 原因と対策を考える」と題したイベントが、株式会社AnityA主催で開催された。

 本イベントの前半では、データ活用の重要性や、実際にデータ活用の取り組みを進める際の技術面、組織・体制面におけるコツや課題、その解決策などについて、データ総研でエグゼクティブシニアコンサルタントを務める小川康二氏が解説を行った。その模様は別途、Darsanaの記事「組織がバラバラでは『ビジネス課題を解決するデータ活用』はできない──データ総研の小川氏に聞く、『データを生かせる組織』の作り方」で紹介しているので、ぜひ参照されたい。

 後編では、小川氏のプレゼンテーションを受けて、イベントの後半に行われたパネルディスカッションの様子をレポートする。

 アサヒグループホールディングス株式会社 日本統括本部 事業企画部 Value Creation室 シニアマネジャーの大江輝明氏とデータ総研の小川氏、AnityA代表取締役 中野仁の3人が、データ活用にまつわるさまざまなトピックについて議論するとともに、視聴者から寄せられた質問に答えた。

データ活用を成功させるために最も重要なポイントは

中野: 私と大江さんは、かつて某DWH(Data Ware House:データウェアハウス)ベンダーで一緒に働いていたのですが、当時はまだ比較的なニッチなソリューションでした。そんなDWHが今や、すっかりメジャーな存在になりました。

大江氏: そうですね。ただ、当時、私たちと一緒に働いていたデータの専門家が現在、いろいろな業界で引っ張りだこになっている状況を見ると、実はデータの専門家というのは今でもなお希少な存在なんだ、ということが分かります。

アサヒグループホールディングス株式会社 日本統括本部 事業企画部 Value Creation室 シニアマネジャーの大江輝明氏

中野: ちなみに現在、多くの企業がデータ活用に積極的に取り組んでいますが、「何のためにデータを活用するのか?」という目的意識がはっきりしないプロジェクトが多いという印象を強く持っています。かつてのERPブームや最近のAIブームも同様ですが、目的意識が欠如したまま手段先行型で進めていっても、大抵の場合はうまくいきません。

小川氏: 実際にデータ総研に寄せられる相談の多くも、やはり目的やゴールが曖昧なケースがとても多いですね。

 ゴールがないままいくら一生懸命走っても、ただ皆が疲弊してしまうだけです。しかも終わりが見えない作業を延々とやっているうちに周りの環境が変わってしまい、さらに新たな要件が持ち上がってきてしまうので、ますます収拾が付かなくなってしまいます。

 逆に言えば、成功しているプロジェクトは大抵の場合、トップが「これ以外は絶対にやらない!」とスコープを明確に限定しているケースがほとんどですね。

中野: 確かに、戦略の本質は「やらないことを決める」ところにありますからね。システムの開発や導入には人もお金も掛かりますし、いろいろ面倒なことも多いですから、できればやらずに済ませる方がいいに決まってます。

 このあたりを見極めるには、「どの山に登ればいいのか?」「その山のどのあたりまで登ればいいのか?」ということを、あらかじめ明確化しておくことが大事です。でないと、富士登山も5合目まで辿り着くどころか、ふもとの樹海で迷子になってしまいます。

大江氏: データ活用というと、統計分析を行うデータサイエンティストのような立場の人たちが脚光を浴びがちですが、データサイエンティストが登場するのはデータマネジメントのプロセス全体の中では最下流に近いフェーズです。

 その上流で「何のためにデータを集めるのか?」「どんなデータを集めるのか?」「集めたデータをどう整理するのか?」といった準備作業がすべて整って、初めてデータサイエンティストが活躍できます。従って、最上流のデータ戦略の部分をきちんと考えておくことが最も大事だと思います。

データ管理の専任組織とロールは日本企業にとってハードルが高い?

中野: ちなみに、先ほどの小川さんのプレゼンでは、全社レベルでデータの管理を行うための専任組織、いわゆる「データ管理組織」の重要性を強調されていました。またデータサイエンティスト以外にも、「チーフデータオフィサー」「データスチュワード」「データアーキテクト」など、データマネジメントを組織立って行うために必要なさまざまな役割の必要性も理解できました。

 一方で、大半の日本企業では、データ管理専門の組織を設置しているところはまだ少ないですし、明確なロールもアサインされていないのが実情です。

データ総研でエグゼクティブシニアコンサルタントを務める小川康二氏

小川氏: 理屈で言えば、やはりデータ管理に責任を持つ組織は必要だと思います。少なくとも米国の企業では、こうした組織やロールは一般的になっています。むしろ世界的に見ると、日本の事情の方が特殊なのではないでしょうか。

大江氏: ただ、日本の事業会社でビジネスを遂行している立場から見ると、やはり一般的に、伝統的な日本企業で「データ管理の責任組織」を設けるのは、かなりハードルが高いと言わざるを得ません。そもそも、そうしたスキルを持つ人間が社内に少ないですし、「では、きちんと組織を立ち上げて人材を育成しよう」と思っても、そもそもトップがそうした活動に理解を示してくれることは極めて稀です。

 それではと、現場からボトムアップで小規模なPoCをスモールスタートさせたとしても、規模が小さいと出せる効果も限られてきますから、「データ活用といっても、その程度のことしかできないの?」と逆にネガティブな印象を持たれてしまう可能性もあります。

 従って、やはりデータ活用はボトムアップだけではなく、トップ層に対する働きかけも同時に行う必要があると思います。具体的には、チーフデータオフィサー的な立場の人が、経営層も含めて社内で広く啓蒙活動をするようなところから始めないと厳しいのかな、という感触を持っています。

小川氏: 確かに、データ総研が手掛ける案件でも、現場のユーザーとデータサイエンティストが中心となって進めるボトムアップ型のPoCと、チーフデータオフィサーが主導するトップダウン的な啓蒙の、いわば「サンドウィッチ作戦」が功を奏しているケースがあります。

 この場合、チーフデータオフィサーの人が経営トップの目に付きやすいようなやり方でデータ活用をやってみせるんですね。そうすることで、経営トップが「お、すごいじゃないか! じゃあこんなこともできないのか? あんなこともできないのか?」と前向きになってくれるよう、うまく誘導するわけです。

データ管理の全工数のうち8〜9割を占めるのが「データプレパレーション」

中野: 日本企業のさまざまなプロジェクトをお手伝いする中で、データ活用について話を聞いていると、皆さんBIツールを使ってデータを分析したりビジュアライズするフロント系の部分については高い関心を持っているんです。

 でも、それを実現するために、実は「バックエンドでいろいろな役割の人たちが仕事をしていて、さまざまなシステム機能が互いに連動しながらデータ活用基盤を構成している」──ということが、なかなか理解してもらえないんですよね。

AnityA代表取締役の中野仁

小川氏: そうですね。データは「ただ集めてくるだけ」では何の役にも立たなくて、使える形に整理する準備作業、つまり「データプレパレーション」の作業が不可欠です。異なるシステムから収集してきたデータは、それぞれのシステム固有のフォーマットに基づいて記述されていますから、これを共通言語に翻訳して標準化してあげる必要があります。

 これを行うのがいわゆる「ODS(Operational Data Store)」で、ここで標準化されたさまざまなデータを互いに連携させて分析しやすくするのが「データインテグレーション」です。さらに、連携させたデータを使いやすいようにデータベースで管理するのが、いわゆるDWHやデータレイクと呼ばれるデータストアです。

 こうした、さまざまなシステム機能を管理するためのロールもそれぞれ定められていて、例えばデータ連携機能を担当する「データインテグレータ」、データの品質管理を担当する「データクオリティスト」、セキュリティを担当する「データセキュリティスト」といったロールが定義されています。

中野: データマネジメント全体の工数のうち、こうしたデータプレパレーションだけで8〜9割を費やすと言われていますよね。私はデータマネジメントは水道と似ていると思っていて、私たちは水道の蛇口をひねるときれいな水が出てくるのが当たり前だと思っていますが、その裏では泥水をきれいに浄水するための膨大な工程があるわけです。データも同じで、データソースから出てきたばかりのデータは汚くてそのままでは使いものにならないのですが、データクレンジングの工程を経て初めてBIで使えるようになります。

大江氏: このことが一般ユーザーにはほとんど知られていないので、この領域に対するシステム投資もなかなか進まないんですよね。そうすると、未整備なままのデータがBIツールにそのままアップされ、精度が怪しいデータがそのまま経営層の意思決定に使われたりします。

 とはいえ、データプレパレーションやデータクレンジングのためのシステムの整備も、やり始めるときりがない世界ですから、無尽蔵に投資するというわけにもいきません。その点、従来のETLやEAIのプロセスを省いてデータを収集できる「データ仮想化」のような新たなソリューションも最近出てきましたから、こうした技術を試してみるのも手かもしれません。

データ活用推進のために社内で育成すべき人材のタイプとは?

大江氏: 技術面のソリューションも重要ですが、同じぐらい人材面の施策も大事だと思います。

 特に「人材育成」の観点は重要です。先ほど名前が挙がった「データクオリティスト」「データセキュリティスト」「データインテグレータ」といったようなロールは高度な技術スキルが求められますから、正直社内で育成するのはなかなか難しいと思います。従って、こういう人材については、社外と連携するしかないと思っています。

 では、社内ではどういう人材を育成すべきかというと、技術よりもビジネスの観点からデータ活用について考えられる人ですね。具体的には、社内のどこにどんなデータがあるかを知っていて、それらを可視化してビジネスの意思決定につなげられるような人ですね。

小川氏: いわゆる「データスチュワード」がまさにそういう役割に近いのかなと思います。そういう人材の育成に実際に乗り出している企業は増えてきていて、とある金融企業では相当数のデータスチュワードを社内で育成して、現在では各部署に何人かずつ配置できるようにまでなったと聞いています。

 一方、データサイエンティストをはじめとするテクニカルな役割の人たちは、なかなかすぐには育成できないでしょうから、当然初期立ち上げ時には外部の力を借りることになるでしょう。でも自社のケイパビリティとしてぜひ確保しておきたいというのであれば、やはり時間をかけてでも社内で育成していく必要はあるでしょうね。

 加えて、人材育成という意味では、BIツールでせっかくデータを見ることができるようになっても、それを使って自身のビジネスの仮説・検証プロセスを回せない人が多いですね。従って、そう人たちに対して、まずは「データから気付きを得て、それを戦略に落とし込むプロセス」を教育する必要があるのではないかと考えています。

大江氏: まったく同感です。まず最初の仮説・検証ループを回すハードルがとても高いんですよね。従って弊社では「伴走型の分析支援の組織」というものを作って、データに基づいて意思決定を行うための一連のプロセスをユーザーと一緒に回してみるという取り組みを行っています。こうして一連の仮説・検証ループを2回、3回と一緒に回すうちにだんだんコツをつかんでくれて、ひいては組織全体にこうした取り組みが徐々に浸透していってくれるのではと考えています。

小川氏: 素晴らしい取り組みだと思います。やはり業務現場にいると、どうしてもお客様の動きに即応することに終始しがちで、自分たちできちんとゴールを定めてその達成のために戦略を立てて仮説・検証のループを回すという動きが疎かになりがちです。多くのビジネスマンは、こうしたスキルをこれまで経験したり学んだりしたことがないでしょうから、やはり組織立った教育やサポートが必要でしょう。

トップダウンとボトムアップの「両面作戦」が有効

中野: ここで、視聴者の方々から寄せられた質問を幾つかピックアップして議論してみたいと思います。まず1つめの質問は、「データ管理の重要性の認識は高まってきていると思いますが、動けていない会社が多いと思います。今の日本企業における浸透状況はどの程度だと認識されていますか? また組織を超えたデータ管理・活用をドライブするためのキーポイントは、経営トップのリーダーシップ以外にはどんなものがあるとお考えですか?」というものです。

大江氏: あくまでも私が見えている範囲での話ですが、「データを管理・活用しないといけない」という意識はかなり浸透してきていて、総論では皆さん賛成されているのではないかと思います。ただ、それを具現化するために具体的にどこから手を付ければいいか分からず、二の足を踏んでいる企業が多い印象です。

小川氏: そうですね、言葉自体はだいぶ認知されてきた印象ですが、先ほど紹介したデータ管理組織を実際に設置している日本企業は残念ながら全体の1%以下ではないでしょうか。そういう意味ではやはり米国などと比べると、経営陣の理解と覚悟がまだまだ足りないのかなという気がします。

 ちなみに経営トップのリーダーシップ以外に大事なこととしては、やはり現場での草の根的な活動だと思います。ただし、少数の尖った人たちだけが「何だか難しいことをやっている」という状態ではなかなか活動に広がりが生まれませんから、複数の人がどんどんコミットしていって組織内で標準化されていくための道筋や、取り組むことによって社員にインセンティブが生まれるような仕組みが必要だと思います。そういう意味では、大江さんがさきほど話されていた伴走型の支援組織というのは、とても効果的な取り組みだと思います。

中野: あとは、先ほども話に挙がったデータ管理組織について、「やはりデータ管理組織の設置は必須なのでしょうか?」という質問も寄せられています。米国企業ではジョブ型の雇用が定着していますから、データスチュワードやデータインテグレータといった各ロールに人を割り当てやすく、データ管理組織も構成しやすいのだと思います。一方、メンバーシップ型の雇用が中心の日本企業では、なかなかなじみにくいのかもしれません。

小川氏: そういう面は確かにあると思います。ただ、専任組織を設けないと、せっかく有意義な活動をしたり、成果を上げたりしたとしても、会社全体の中では埋没してしまいがちです。その点、明確に組織化すれば、注目が集まりますし、そのことによって「部門を横断した全社的なデータマネジメント」の気運も高まるかもしれません。そういう狙いもあって、まずは組織としての役割や責任感みたいなものが、必要なのではないかと考えています。

データ活用を担う人材に求められる素養とは?

小川氏: ここまで、「まずやりたいことを明確化するのが何より大事だ」という話をしてきましたが、視聴者の方からは「やりたいことからではなく、『蓄積されているデータを把握して、そのデータから何ができるか』という進め方ではやはりうまくいかないのでしょうか?」という質問もいただいています。この「卵が先か、鶏が先か」という論争も、実は永遠の課題だと思っています。

 ただ、「何に使えるか分からないけど、とりあえずデータを貯めておこう」というスタンスだと、データの管理コストは膨れ上がっていく一方ですし、結局大半のデータはその先使われることなく陳腐化していくだけなんですよね。

中野: 「管理が面倒くさいから」といって雑に管理していると、流出事故を招くリスクもありますしね。

大江氏: あと、本当に欲しいデータは社内にないこともありますから、結局は欲しいデータを明確化して外部から引っ張ってくるための座組みを考えるところから始めないといけません。

 特に弊社のようなマスプロダクトを扱うメーカーは、卸さんに商品を販売した後は直接データを取得できませんから、消費者との直接の接点となる小売や決済のデータは戦略的に外部から集めてこないといけないんですね。その点では、前職のWebサービス企業では、勝手にじゃんじゃんデータが溜まっていく世界だったので、そのあたりの苦労はありませんでした。

中野: このあたりは、業種・業態によってまったく事情が変わってくるのでしょうね。

 それでは、最後にもう1つだけ、人材についての質問を取り上げてみたいと思います。「外部登用が基本とはいえ、内部登用する際の人材の要件や素養について教えてください」という質問が来ています。もちろん、「ビジネスを完璧に理解できていて、かつSQLがばりばり書けてデータモデリングもできる人」がいればいいのですが、そんな人材は「想像上の生きもの」ですからね。

大江氏: 素養という意味では、まずは文系・理系云々の前に「熱意」があることが最も大切な気がします。特に30代前半ぐらいで、「自身が関わるビジネスのドメインについて深く理解しようというモチベーションが高い人」は、データ活用のスキルを身に付けることで、急速に生産性を高められる可能性があると思います。こうした新たな活動に対しては、上長が理解を示すことも大切ですね。

小川氏: 私も分析スキル云々以前に、「ビジネスに対する理解度」「仮説検証能力」などが重要なのではないかと思います。加えて、ちょっとした数字の変化や、その変化の傾向から意味を感じ取れる“嗅覚”や“感度”も大切です。例えば、1という数字が1.1や0.9になったときに、その0.1のわずかな変化を普通の人より敏感に感じ取れるセンスを持っている人は伸びると思います。ちょっとこのあたりの適性はうまく言語化できないのですが、そういうセンスや素養のようなものは確実に存在すると思っています。

執筆

吉村哲樹記事一覧

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。

イベント企画・記事編集

後藤祥子記事一覧

ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

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