今までと同じやり方では見向きもされない─優秀なITエンジニアを採用するために、企業が今なすべきこと


※本記事は、ITリーダーをメインターゲットに、企業のIT導入/運用に関する課題の解決につながる情報を発信するメディア「 IT Leaders」に2022年7月20日に掲載された記事を転載したものです。

※本記事はDarsana ID会員記事です。記事の続きは会員登録(無料)の上、ログインしてご覧ください。

 「優秀なITエンジニアを採用できない!」──企業から今、こんな悲鳴が上がっている。経済産業省とみずほ情報総研が2019年3月に発表した「IT人材需給に関する調査」によると、2018年時点でのIT人材の需要と供給の差は22万人で、2030年には79万人が不足すると予想されるなど、IT人材不足はさらに厳しくなる見通しだ。

 こうした中で、コロナ禍を契機に、企業において業務のデジタル化の流れが加速し、DXやデータドリブン経営に本腰を入れて取り組む企業も増えてきたことから、優秀なITエンジニアやデータ専門人材の奪い合いが生じている。もちろん、ITを生業とする企業も一層人材を強化しており、IT人材の争奪戦は激しさを増すばかり。いったいどのようなアプローチをとれば、企業は優秀なエンジニアを採用することができるのだろうか。

 今回、エンジニアの長期的な成長を考えるエージェントサービス「Code Climber」の創設者でIT人材/エンジニア採用のトレンドに詳しい、Value market代表取締役社長の内田裕希氏と、実際にエンジニア採用の危機に直面したノンピ 取締役 CPO/CTOの中筋丈人氏に、優秀なエンジニアを採用するために欠かせないポイントを語ってもらった。

写真1:Value market代表取締役社長の内田裕希氏。Value marketは2016年創業、「スタートアップ×エンジニアの成長支援」を掲げて、フリーランスエンジニア専門人材紹介「Code Climber」やCTO/VPoEの育成型・採用支援「CTOut」などのコンサルティング/サービスを提供する

優秀なエンジニアは企業に何を求めているのか

──今、企業のIT人材/エンジニア不足が深刻化しています。人材獲得競争が激化しているのに加え、さらに昨今では優秀なエンジニアが、よりよい条件の仕事を求めて多額の資金調達に成功したベンチャー企業に流れるなど、エンタープライズITに携わるエンジニアの採用はさらに厳しさを増しています。企業のエンジニア採用を支援している立場から、内田さんはIT分野の採用トレンドをどのようにみていますか?

内田氏:優秀なエンジニアの視点が「モノからコトへ」とシフトしているのは、大きな流れの1つだと思いますね。以前のような、大手企業の看板や地位、給与といった条件よりも、「エンジニア自身の生きがいや、実現したいこと」を重視する傾向が強くなっている印象を受けます。優秀であればあるほどお金や地位だけでは動かないですし、以前よりエンジニアのニーズはわかりづらくなっていますから、採用は一層難しくなっていると思います。

 これまで、さまざまなベンチャー企業で引く手あまたのフリーランスエンジニアと一緒に仕事してきたのですが、その経験を通じてわかってきた彼らのニーズは、大きく5つあると思います。

 1つは経済機会で、自分の提供する価値に見合う報酬や昇進の機会を得られるか、ですね。ここでいうところの報酬は、入社時だけでなく長期的にどの程度の水準を見込めるかということも含まれます。

 2つ目がチーム。互いに切磋琢磨して成長できる最高の仲間と働くことができるかどうか。3つ目がキャリア形成で、これは自分の成長につながるキャリアを積めるかどうか。4つ目は業務内容です。使うプログラミング言語や担当工程などのポジション、というよりは、「どんなテーマに取り組みたいのか」「どんな技術・ビジネス課題を解決したいのか」といった、もう少し俯瞰した視点でとらえた仕事観みたいなところですね。そして5つ目が社会貢献。社会に対してどのような形で貢献できるのか、その実感をどのような形で得られるのか、ということです。

 もちろん、個々のエンジニアによってそれぞれの濃淡はさまざまで、1つに偏っている人もいれば、バランス良く考えている人もいます。ここで大事なのは、会社がエンジニアに「仕事を渡すだけ」ではなく、「仕事を通じて働き手に何を提供できるか、を伝えられるかどうか」が問われるようになってきたことだと思います。

採用に失敗する「企業あるある」

──エンジニアの意識が変わり始めている、ということは当然、採用する企業の側も意識を変えなければならないということになりますね。

内田氏:そうですね。例えば、もし、採用担当者が「採用に応募してきたエンジニアよりも、雇用する自分たちのほうが、立場が上」などと思っているようだと、優秀なエンジニアを採用するのは難しいと思います。

 昔は「採用する側のほうが、立場が上」という考え方が一般的でしたし、人材も豊富だったので、企業は選べる立場にありました。でも、今はDXトレンドの影響からIT需要が年々高まっており、優秀な人はさまざまな会社から引く手あまたです。ですから、「会社がいかにエンジニアに選ばれるか」という視点で採用を考えないとなかなかうまくいかないですね。

──ほかにも企業が意識を変えていかなければならない点はありますか?

内田氏:こと優秀なエンジニアに関しては、会社のキラキラしたところばかりを語ったり、必要以上に盛って話したりしても響かない、というのは知っておいた方がいいかもしれません。

 なぜかというと、優秀なエンジニアは、「企業の課題が自身の成長機会につながる」ととらえている人が少なくないからです。何もかもうまくいっている会社だったら「ここでは自分は必要ない」と思うでしょうし、自社の状態を必要以上に盛って話すような会社は、企業文化の面で問題がありますから、優秀なエンジニアならすぐ見抜いてしまいます。仮に入社までこぎつけたとしても、継続的なコミットメントは期待できないでしょう。オープンでフラットな姿勢は、優秀なエンジニアを雇用する上で欠かせないと思います。

──そうなると、エンジニアの採用に携わる人は、自社のビジネスがどこを目指しているのか、そのためにやるべきことは何か、自社のリソースで足りないのはどの部分なのか──といった「自社のリアルな現状とありたい姿」を把握しておく必要がありますね。

写真2:内田氏は「優秀なエンジニアは、『企業の課題が自身の成長機会につながる』ととらえている人が少なくありません」と指摘する

内田氏:そこはまさに重要なポイントです。採用のフローには、大きく「スクリーニング」(選考)と「アトラクト」(魅力づけ)という2つの工程があるのですが、スクリーニングの際に重要なのは「採用する側が自社の成長に必要な人材を正しく把握し、見極めること」なんです。

 必要な人材を見極めるためには、自社のビジネスがどこを目指しているのか、そのために必要な人材が社内にいるのか、いないとしたら、社内の人材を育成するのか、それとも外から採用するのか、外から採用するとしたら、どんな立場のどんな特性をもった人材をどれくらい採用すればいいのか──といったことを明確にしておく必要があります。ことエンジニア採用においては、応募してきたエンジニアに、自社が抱える課題を正確に伝えることがとても重要です。

 アトラクトで大事なのは、「採用する側とされる側がフラットな関係であること」です。優秀なエンジニアは、複数社から内定をもらっていることも多いので、採用担当者が大上段に構えているような会社だと、振られる可能性が高くなります。

 優秀なエンジニアにとって採用の面談は、「企業が抱えている問題や解決したい課題が、自分の人生やキャリア戦略の中で、どのような位置付けになるかを知るための場」ですから、採用する側と採用される側が「ともに働くことで得られる戦略上のメリットや、譲れない価値観」などをすり合わせて、互いにスクリーニングとアトラクトを繰り返すことが大事だと思います。

 エンジニアが、企業の採用担当者の説明を聞いた時に「なぜ、自分が必要なのか」が実感できないと、「人生の大事な時間をこの会社に使う意味があるのだろうか」と腹落ちしない状況になりかねません。ですから、採用する側は表層的な話をするのではなく、自社の課題がエンジニアの人生観や価値観のどこに結びついていて、どのような形で互いの成長機会につなげられるかを、腹を割って話すことが採用につながると思います。

写真3:ノンピ 取締役 CPO/CTOの中筋丈人氏。ノンピは2003年創業、「世界で一番、食べる人の立場に立って考えるイノベーションカンパニー」を掲げて、法人向けフードデリバリー「nonpi foodbox」などを運営する

──このあたり、中筋さんは、自社でエンジニアを採用する側としていかがでしょう。

中筋氏:まさに、とある企業がそのような採用をしていて、「うまいな」と思ったことがあります。その企業はシステムリプレースのための人材を募集しており、「レガシーなシステムからモダンなシステムに移行しようとしていますが、大変な状況で炎上気味です。助けてください」というようなことを正直に言って、けっこう人が集まったと聞きました。具体的な課題とミッションを赤裸々に開示しないと、優秀なエンジニアの採用は厳しいのかもしれません。

内田氏:その場合に、ただ課題を羅列するだけでは「課題まみれのダメな会社」と思われてしまうので、「課題が魅力に変わるような伝え方ができるかどうか」がカギになりそうですね。ここは「会社の文化」やCTOの人となりも影響するように思います。

ノンピはVPoE採用時の認識のズレをどう解消したのか

──中筋さんは、ITエンジニアをマネジメントするVPoE(Vice President of Engineering、注1)を採用する際に、内田さんの支援を受けて「候補者選び」と「意識のすり合わせ」を行ったそうですね。採用時の認識のずれを解消していくプロセスはどのようなものだったのでしょうか?

注1:VPoEはVice President of Engineeringの略で、日本語に訳すと技術/エンジニアリング部門の責任者となる。CTO(Chief Technological Officer:最高技術責任者)が、自社における技術全般(技術および関連組織)の責任者であるのに対し、VPoEは主として技術部門の組織運営/マネジメントに携わる責任者である。

中筋氏:ベンチャー企業の役員にありがちだと思うのですが、そもそも私自身が「自分のロールは何なのか」を考える暇もなく仕事に没頭してきたので、「VPoEに求めるものは何なのか」ということをきちんと考えていなかったんです。「俺と同じぐらいやってくれよ」くらいの感覚だったのですが、内田さんと話しながら「ノンピのVPoE像」を可視化していく中で、それが間違いだったことに気づきました。確かに、そんな都合のいい人はいませんよね。

大企業とスタートアップ、文化や働き方のギャップをどう埋めたのか?

──自社のビジネスを俯瞰して、現状、どのような組織構造になっていて、どんな役割の人がどれくらいいるのか、そこをまとめるためにどういう人材が必要なのかといったところを、内田さんと話しながらまとめた、ということですか?

中筋氏:そうですね。ここでのポイントは2つあって、1つは「VPoEに対して、とてつもなく高い期待を抱いていたところを、現実的なところに落とし込めた」こと、もう1つは「そのVPoE像をベースに、どんな組織だとうまくいくのかを想像できた」ことです。

内田氏:ノンピさんのケースでは、私が中筋さんの希望を聞いた上で、VPoEとしてふさわしい人を紹介するとともに、VPoEとして足りないところの育成に協力する、という方法で支援していました。つまり採用マーケと候補者集め、採用、定着化に協力した格好です。

 私の役割は、中筋さんとVPoE候補の間を取り持つことなので、ミスマッチを防ぐためには、中筋さんに候補者を紹介する前に、私の方でほぼほぼクロージングに近い段階まで持ち込んでおく必要がありました。私がノンピのことを知らないと、VPoE候補者に説得力がある話ができないので、ここは中筋さんと徹底的にディスカッションしました。

 それこそ企業文化からビジネスの方向性、ビジネスにITが果たす役割、報酬レンジ、ストックオプションの付与の話にいたるまで、「会社のありよう」や「会社としての期待値」「提供できることとできないこと」などを、できる限り可視化していきました。

 もしかしたら、企業の中の人だけで採用を進めると、会社のことを知っているつもりになってしまって、可視化すべきところがなぁなぁになってしまう面もあるのかもしれません。そこは第三者が入った方が客観的な視点で自社について再確認できるので、中の人だけで可視化する場合には注意すべきだと思います。

互いを知った上で働き始めてもなお、細かいすり合わせは必要

──そこまで丁寧にコミュニケーションしてVPoE候補者と合意しても、いざ一緒に働き始めると、細かい意識のずれが見えてきたのですね。

内田氏:そうですね。今回のVPoE候補者は大企業で長く働いてきた40代半ばの方で、スタートアップの働き方に慣れるまでには、少し時間が必要でした。

──例えばどんなずれがあったのでしょうか?

中筋氏:スタートアップで働いていると、素早い決断を迫られることが少なくありません。例えば僕は「3秒で結論を出す」みたいなことが割と普通な感覚で、なぜかというと、こういうスピード感じゃないと生きていけないようなことが多かったからなんです。

 今回のVPoE候補者は、長年、大企業で働いてきたというのもあって、どちらかというと熟考型だったんです。僕からすると、「なんでこんなに返事が遅いんだろう、1千年ぐらい時が流れてる……」みたいな感覚になってしまって。

 お互い違う世界で長年、働いてきたわけだから、相手のこれまでの働き方を理解しようとするアプローチが必要なわけですが、忙しい日々を送っていると、なかなかそこに意識がいかなくて……。うちの場合、大企業とスタートアップの両方で働いた経験がある内田さんが、間に入ってそれぞれの世界の働き方の常識みたいなものを説明してくれたので、僕の一方的な感覚で関係をダメにしてしまうことを避けられました。

 よくよく考えると、VPoE候補者が根気強く僕と付き合ってくれたおかげで、僕がこれまでに比べるとじっくり考えるようになったんです。異なる文化に触れて、お互いに成長できたのはよかったと思います。

写真4:中筋氏は、VPoEに非常に高い期待を抱いていたが、内田氏との対話を通じて「現実的なところに落とし込めた。そして、その現実像をベースに、どんな組織だとうまくいくのかを想像することができた」と話す

──大企業がスタートアップ歴の長いエンジニアを採用する際にも、こうした文化の違いには注意した方がよさそうですね。

中筋氏:そうですね。相手の働いてきた環境を理解し、なじませていくアプローチは重要だと思います。

 ほかにも彼は、大企業にいた時の「過度に慎重に仕事を進める」というスタイルからなかなか抜け出せなくて、「大胆にスピード感をもって突き抜けきれない」みたいなところで悩んでいましたね。音楽に例えると、楽譜どおりに演奏することはできるけれど、アドリブでやれと言われるとできない、みたいな感じで。僕としても、なかなか期待していたところに届いてくれないという思いがありました。

 ここは本当に大きな壁だったのですが、内田さんと僕とで叱咤と激励を繰り返したり、他のスタートアップのVPoEにメンターになってもらったりすることで、だんだんとスタートアップのVPoEらしくなっていきました。最終的には思い切って僕の持っていたエンジニアマネジメントの権限をかなり大胆に移譲したのですが、これが奏功したように思います。

──信じて任せる、というのは大事ですよね。

内田氏:VPoE候補者も、中筋さんのことは「厳しいけれど率先垂範しているし、こんなに忙しいのにものすごい量の本を読んで勉強しているのはすごい」とリスペクトしていました。このような信頼関係があってこその成長だと思いますね。

写真5:「お互い違う世界で長年働いてきたので、相手のこれまでの働き方を理解しようとするアプローチが必要。でもなかなかそこに意識がいかなくて……」と話す中筋氏。そこに内田氏が間に入って、互いの価値観をすり合わせた

「求人を出せば自然と人が集まる」というのはもはや幻想

──今や優秀なエンジニアを採用しようと思ったら、候補者との面談で互いの目指すところを、腹を割って話すことから始まり、文化の違いを超えてワンチームになるための密なコミュニケーションは欠かせない──ということですね。

中筋氏:自戒も含めて伝えたいのが、企業の多くが即戦力を期待するけれど、人材不足が叫ばれている今、そんな都合のいい話はない、ということですね。「求人を出したら、この会社が大好きだという優秀なエンジニアが自然と集まって来て大活躍してくれる」という幻想は、今すぐ捨てたほうがいい。

 優秀なエンジニアを採用するための努力と同じくらい、もしかしたらそれを超えるくらいの力を注いで、「採用したエンジニアたちがどうしたら気持ちよく活躍できるのか」を考え、それを実行しなければならないと思っています。社内のリソースでそれを実行できればいいですが、どうしても「中の人の視点」に寄ってしまいがちなので、第三者に加わってもらうのも、1つの方法だと思います。

聞き手・執筆

後藤祥子記事一覧

ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

関連記事