親会社からのスピンアウトが決まり、これまで使っていたシステムが使えなくなる──。まさにそんな事態に直面したのがGENDA GiGO Entertainment(以下、GGE)だ。
2022年5月19日にAnityA・Darsana主催で実施したイベント「親会社からスピンアウトでシステム刷新 GGE『1年で実装した13並列プロジェクト』を振り返る」の前半では、GGE IT戦略本部 ITソリューション部 部長代行を務める松本洋一氏が登壇し、親会社の変更に伴い13のシステムをわずか1年間の間に並列開発することになったプロジェクトの背景や経緯、苦労した点、成功に至る要因などを紹介した。
その模様は別途「親会社からスピンアウトでシステム刷新 GGE『1年で13並列プロジェクト』の現場で起こっていたこと」と題した記事で紹介しているので、未読の方はまずそちらをご一読いただきたい。
本イベントの後半では、この松本氏のプレゼンテーションの内容を踏まえ、プロジェクトに参画したGGEのメンバーや協力会社のメンバー、さらには外部からコンサルタントとして参画したAnityA 代表取締役 中野仁氏も交えてプロジェクトの振り返りを行った。本記事では、その模様をダイジェストでお届けする。
登壇者
・GENDA GiGO Entertainment IT戦略本部 ITソリューション部 部長代行 松本洋一氏
・サプライズジャパン 代表取締役 中山竜平氏
・GENDA GiGO Entertainment IT戦略本部 ITソリューション部 ITアプリケーション課 課長代行 山崎朝樹氏
・GENDA GiGO Entertainment IT戦略本部 ITソリューション部 ITサービス課 課長代行 鬼塚竜平氏
・GENDA GiGO Entertainment IT戦略本部 ITソリューション部 ITアプリケーション課 小野寺幸子氏
・AnityA(アニティア) 代表取締役 中野仁氏
「子から親になる」ことに伴う困難と発想の転換
中野氏: 今回のプロジェクトは、もともとセガサミーグループのグループ企業の1社だったセガ エンタテインメントがGENDAの配下に移ったことで、わずか1年間で13ものシステムを移行・構築することになったというものでした。
このケースが単なる企業合併と異なるのが、大きな規模の会社がグループを抜けて小さな会社の配下に移ったことで、新たにグループ全体を統括する持ち株会社としてのシステム機能を新たに構築する必要に迫られたことです。
私の印象では、もともとセガサミーグループの配下にいたときには、持ち株会社であるセガサミーホールディングスさんがバックオフィス機能や情報システム機能を統括していて、各グループ会社はそれぞれの特有のファンクションに特化しているように感じました。
しかし、GENDAグループに移ったことによって、これまでは親会社に任せきりだったコーポレート機能を新たに担わなくてはならなくなったわけです。この「子から親になる」というのは、システム面だけに限らずあらゆる面でインパクトが大きかったのではないかと想像しますが、実際のところはいかがだったのでしょうか。
松本氏: そうですね。実はセガサミーグループにいたころは、親会社の一部のコーポレートIT部門に対して、あまり好感を持っていなかったんです。こちらが何か要望を出したり提案を行ってもなかなか聞く耳をもってくれないし、なんだか頭の固いお役所仕事ばかりで、正直あまりいい印象は持っていませんでした。でも、こうしてGENDAグループに移ってきて、自らがコーポレート機能を担うようになった今では、「ああ、あの頃は他人任せだったんだな」と反省しています。
やっぱり、「自分たちの事業だけを見ていればいい立場」と、「グループ全体のガバナンスやセキュリティまで責任を持たなくてはいけない立場」とでは、物事を見る視座が違いますね。かつては「何かあってもホールディングスが何とかしてくれるんだろう」という逃げ道があったのですが、今では自分たちですべての責任を負わなくてはならない立場になったことで、やはり視座を高く持つことを意識するようになりましたね。
シビアなスケジュール要件をクリアするために内製化にチャレンジ
中野氏: このプロジェクトを今振り返って、アプリケーションの構築についてはどのような印象を持っていますか?
山崎氏: 私は主に人事アプリケーションの内製化と、そのデータ連携周りを担当したのですが、担当者は私も含めて2人だけで、しかもデータ連携周りの開発期間はわずか3カ月と、とてもシビアな状況だったのを覚えています。そんな中、これまで経験したことのない内製化へのチャレンジを提案したので、会社や上司からはかなり不安がられました。しかし、データ連携周りを外注してしまうと、要件のすり合わせに時間を消費して、絶対に期限までに間に合わないだろうという懸念がありました。
たしかに内製化へのチャレンジは自分たちにとっても不安でしたから、それを払拭して周りに安心感を与えるためにも、勉強会などに出て「勉強してますよ!」というアピールをしたり、万が一、行き詰ったときに支援を仰げる先を外部に用意しておくなど、リスクヘッジについてもきちんと考慮していました。中野さんにもいろいろとアドバイスをいただいて、とても助かりました。
中野氏: データ連携の部分を外注してしまうと、スケジュール的に厳しいということのほかにも、今後、何かデータ連携に変更を加えたり、何かトラブルが発生するたびに外部に支援を仰がなくてはならなくなり、運用が回らなくなってしまう恐れがあるんですね。
あとは、EAIツールの「ASTERIA Warp」のライセンスが社内にあったので、これを使えばデータ連携部分を効率的に構築できるかもしれないということで内製化に踏み切ったという経緯がありましたね。
山崎氏: ASTERIA Warpにはとても助けられましたね。私ともう1人の担当者はSQLだけは何とか書けたのですが、その程度のスキルでもデータ連携を短期間のうちに実装できたのでとても助かりました。
また、中野さんに「ソースデータベースに直につなぎに行くのではなく、絶対に中間データベースを間に挟んだ方がいい」とアドバイスをいただいて、その通りに実装したのも良かったですね。おかげさまで現在、何かトラブルが発生しても、すぐにその原因を突き止めることができています。
知識も経験もない中でスタートしたネットワーク構築
中野氏: インフラ周りは、アプリケーション以上にスケジュールがシビアでしたよね。
鬼塚氏: 私自身、もともとネットワーク関連のスキルがほとんどなかったにもかかわらず、わずかな期間で200店舗を結ぶネットワークを設計しなくてはならないのはとても大変でした。中山さんをはじめ、外部のコンサルタントの方々に入っていただいて、当初は本当におんぶにだっこで、RFPもほとんどコンサルタントの方に書いていただいたような状態でした。
でも、パートナーさんや中山さんに、設計を何度もレビューしていただきながら何とか詰めていって、リハーサルでは大きなトラブルに見舞われて大変だったんですけど、何とかリリースにこぎ着けることができました。
中野氏: やっぱり、物理的な機器や配線を伴うネットワーク周りは、ソフトウェアとは違う難しさがありますよね。ましてや200もの店舗が関わるとなると、もし失敗するとそれだけ広い範囲の業務にインパクトが及ぶという意味で緊張感がありますね。
鬼塚氏: そうですね。あとネットワークの移行が何とか終わった後、PCの導入に着手したのですが、こちらもデバイスの調達にかなり苦労しました。当時は半導体不足でなかなかPCが予定通りに調達できなかったのですが、あらかじめそうしたリスクを勘案して早め早めに動いたおかげで、業務への影響を最小限に抑えることができたと思います。
また、現場にPCを展開するにあたっても、ユーザー向けの手順書をかなり時間をかけて丁寧に作って配布したおかげで、店舗からの問い合わせがほとんどなかったんです。もし、200店舗から一斉に問い合わせが殺到したらとても対応できなかったと思いますが、そうしたリスクをあらかじめ回避する施策を行ったことで、大きなトラブルもなくスムーズにPCを調達・展開できました。
状況の変化に「人的リソースの臨機応変なアサイン」で対処
中野氏: プロジェクト当初は社員のリソースも足りなかったので、プロジェクト作業と並行して人材の採用活動も行ったと聞きました。ちなみに、小野寺さんはそのときに中途入社でプロジェクトの途中から参加したんですよね?
小野寺氏: はい。私は2021年4月1日に入社してすぐプロジェクトに参画したのですが、その時点でちょうど企画フェーズがすべて終わった段階でした。「移行プロジェクト全体の事務局の仕事をやってください」ということで入社したのですが、気付いたら人事システムの担当になっていて、最後の方は、今回、新たに導入した人事労務のクラウドサービス「SmartHR」を担当していました。
振り返ってみると、プロジェクトの状況や本人の適性に合わせて一人ひとりの役割を柔軟に変えていったことが、このプロジェクトの成功要因の1つだったのではないかと思います。もし、当初の役割に固執していたら、予期せぬ事態に対応できずに暗礁に乗り上げてしまっていたかもしれません。
松本氏: メンバーの方々には、結果的にいろいろな仕事を次から次へとアサインすることになってしまい、本当に負担を掛けてしまいました。ただ、今回のように、スケジュールもリソースもシビアなプロジェクトでは、そのときどきの状況に応じてリソースを柔軟にアサインしていかないと、やはり破綻してしまいますからね。
中野氏: その辺りの柔軟なアサインができずに破綻してしまうプロジェクトは、実に多いですからね。
あとは、タイトなプロジェクトでは、「何をやって何を捨てるか」の優先順位付けがとても重要になってきます。今回のプロジェクトでは、とにかくリリース期限を死守するために、「現状のシステムをできるかぎりそのまま移行する」という大方針をプロジェクト立ち上げ時に松本さんが打ち出して、それを最後まで貫き通したのが最大の成功要因だったと感じています。
松本氏: 当初は「これを機にフルクラウド化を」「業務改善やBPRを」という声もあったのですが、そんなことをしていては、とてもじゃないけど1年間という期限は守れませんでしたから。それこそ「改善という言葉を口にした人間は刺しに行く!」というぐらいの覚悟を持って現状維持の方針を貫き通しましたね。
ステークホルダーとの良好な関係構築がプロジェクト成功の最大の要因
中野氏: 視聴者の方々から幾つか質問をいただいています。1つ目の質問は「社内外のステークホルダーやパートナー企業の期待値や不満はどのようにコントロールしたのでしょうか?」というものです。
松本氏: 最もコミュニケーションに気を遣ったステークホルダーは、前の親会社と現在の親会社ですね。この両者に対しては、とにかく受け身にならずに、こちらから積極的にコミュニケーションをとって「聞かれる前に言う」ことで良好な関係を築けました。なので、結果的には不満は出なかったはずだと自負しています。
山崎氏: パートナー企業さんに対しては、少なくともアプリケーション周りに関してはもう、こちらの無理を聞いていただいて、感謝しかありませんね。
鬼塚氏: インフラに関しても同様で、それこそ「RFPの回答書を2週間後に出してください」「発注から3カ月後に200店舗のネットワークを構築してください」という無茶なスケジュールに対応していただき、本当に感謝しています。
中野氏: 「このプロジェクトにおける最大の困難は『組織』『業務』『技術』のどれだったのでしょうか?」という質問も寄せられています。
松本氏: 組織面でもかなり不安要素が多かったのですが、やはり最大の困難は技術面でしたね。これまで事業部ITレベルの経験や知見しかなかったところに、突然、本社のコーポレートITレベルの話が降ってきたわけですから、この技術スキルのギャップは大きくて、それこそ当初は「何から、どう手を付ければいいか分からない」という状態でした。
そこで、とにかく分からないことはパートナー企業の方や業務委託の方に聞きまくって、判断材料を徹底的に収集することで、何とか乗り切ったという感じです。システム刷新の五並列プロジェクトを経験している中野さんのアドバイスはとても貴重で、経験や知見に乏しい私たちでも理解できる分かりやすい言葉で、いろいろ指南いただいたのでとても助かりました。
中野氏: 松本さんが的確に状況を把握・整理した上で情報をこちらにインプットしてくれたおかげで、私も的確な情報を提供できたのかなと思います。
重要なのは、将来の成長を見越した組織とシステムを整備していくこと
中野氏: 「2人体制でプロジェクト管理を進めたとのことでしたが、最も苦労したのはどんな点でしたか?」という質問をいただいています。
松本氏: 中山さんと私の2人体制で、お互いに役割分担を明確に定めてプロジェクト管理のタスクを遂行していったのですが、私が最も苦労したのがリスクマネジメントでした。やはり、スケジュール的にもリソース的にもかなり無理があるプロジェクトでしたから、とにかくリスクの芽をいち早く見付けて摘むことに注力しました。最低でも週に1回は中山さんとリスクを共有し合って、最も過酷な時期には毎日のようにリスクについて話し合っていましたね。
中山氏: あと、プロジェクトの規模もかなり大きくなって、最終的にのべ200人が参加する規模になりましたから、コミュニケーション管理にもかなり気を配りました。プロジェクトを立ち上げた当初からコミュニケーションルールを定めて、それを現場に浸透させることに力を入れましたね。
中野氏: 最後に「今後のグループの成長を見据えた際に、現行の体制やアーキテクチャのどこに課題があるとお考えですか?」という質問が来ています。
松本氏: GENDAグループは、経営戦略の中核にM&Aを据えていますから、おそらくグループの規模は今後、拡大していくことでしょう。従って、それを見据えて、組織体制も将来の規模拡張を想定して、ある程度の余裕を持っておくことが重要なんだろうと考えています。
山崎氏: アーキテクチャに関して言えば、今はまだようやくシステムを期限内に移行できた段階で、やっとアーキテクチャ整備のスタート地点に立つことができたという状況です。まずはその第一段階として、データ統合やマスタ統合を進めていく必要があると考えています。
中野氏: 今後、ビジネスや組織の成長に合わせてシステムを柔軟にスケールさせていくためには、データマネジメントをはじめとしたアーキテクチャの整備が不可欠ですね。こうした取り組みは一朝一夕でできるものではなくて、最低でも3年はかかりますから、そのための内製化の体制整備も含めてようやく折り返し地点まで来ているのではないかと思います。
また、体制面でも、将来の成長を見越してバッファを用意しておかないと、急激な規模拡張に直面して現場の負荷が高まると、皆、嫌気がさしてさっさと辞めていってしまうんですよね。そうなってしまうと、それこそ組織全体が崩壊の危機に瀕してしまいますから、組織として先を見据えた体制構築と人員計画を立てるということは、どんな会社にとっても欠かせない取り組みだと思います。
また移行プロジェクトをやりたい!?
中野氏: それでは最後に、このプロジェクトを振り返る一言をお願いします。
鬼塚氏: 本当に大変だったのですが、一方で、非常にいい経験になりましたし、振り返ってみると楽しかったなぁと……。「みんなと一緒にものをつくる」ということを、最後までやり切る経験ができたのは、本当によかったと思っています。
中山氏: 今回、外部の人間としてプロジェクトに参加したわけですが、これまで関わってきたプロジェクトの中でも、他に類を見ないくらいの大成功だと思っています。成功要因として大きいのは、「人のせいにしない」「自分ができることを精一杯やる」というような、GGEの文化だと思うんです。トップダウンで縛りつけていたわけでもないのに脱落者が出なかったのは、GGEの文化とチームワークのよさがあってこそだったのではないでしょうか。
山崎氏: チャレンジしてよかった、というのが今の実感です。登山靴を履いてリュックを背負うことができたのは(知識やスキルを身につけることができたのは)、みんなの助けがあったから。これからが楽しい山登りのスタートだと思っています。
小野寺氏: プロジェクトの途中からの参加で、しかもITベンダーからの転職だったので、事業会社の中での振る舞い方がわからない中でやってきました。でも、松本さんが責任を持ってくれていた部分があって、そのおかげで中途ながらも安心してプロジェクトの中で仕事をしていくことができたと思っています。
楽しかったので、また移行プロジェクトをやりたいですね!
一同: えーーーーー!?(それはちょっと…笑)