親会社からスピンアウトでシステム刷新 GGE「1年で13並列プロジェクト」の現場で起こっていたこと


 親会社からのスピンアウトが決まり、基幹システムをはじめとする、これまで使っていたシステムが使えなくなる──。そんな事態に直面したのがGENDA GiGO Entertainment(以下、GGE)だ。

 2020年11月、それまでセガサミーグループにおけるアミューズメント施設事業を担ってきた株式会社セガ エンタテインメントの株式85.1%が株式GENDAに譲渡され、GENDAのグループ会社となった。さらに2022年1月には残り14.9%の株式も譲渡され、100%子会社となると同時に社名も「株式会社GENDA GiGO Entertainment」へと変更された。


 かつて秋葉原のランドマークであったSEGA直営ゲームセンターの看板が「GiGO」へと置き換わるなど、ゲームファンの間では大きな話題を呼んだこの買収劇だったが、その裏ではシステム統合を巡る悲喜こもごもがあったという。わずか1年間のうちに、何と13ものシステムを刷新したというこの一大プロジェクトは、一体どのように遂行され、成功の秘訣はどこにあったのか──。

 2022年5月19日に開催された、AnityA(アニティア)とDarsanaの共催によるオンラインイベント「親会社からスピンアウトでシステム刷新 GGE『1年で実装した13並列プロジェクト』を振り返る」では、プロジェクト関係者が一同に会し、プロジェクトの一部始終をそれぞれの立場から振り返った。

親会社の変更に伴い13システムの移行・刷新が必要に

 本イベントの前半では、プロジェクト全体を統括するPMを務めたGGE IT戦略本部 ITソリューション部 部長代行 松本洋一氏が登壇し、プロジェクトの背景や経緯を紹介した。

GGE IT戦略本部 ITソリューション部 部長代行 松本洋一氏

 通常の企業買収に伴うシステム統合は、買収される側が買収元企業のシステムに吸収されるケースが多い。しかし松本氏によれば、今回の買収に関しては少し事情が異なったという。

 「今回の買収においては、買収される側の事業規模が買収する側よりはるかに大きく、よってGENDAがもともと運用していたシステムをそのまま使うことはできませんでした。かといって、買収される側のシステムをそのまま継続利用するわけにもいかないため、結局のところ全てのシステムを根本から見直す必要に迫られました」(松本氏)

 その結果、大小合わせて13ものシステムを1年の間で刷新もしくは移行することになったという。この困難なミッションに直面した松本氏が真っ先に行ったことが、現行システムの洗い出しと整理だった。もともとセガ エンタテインメントでIT部門のマネジャーを務めていた同氏だったが、それでも社内にどんなシステムが存在しているのか、全てを漏れなく把握していたわけではなかった。

 この時点で既にGENDAグループへの事業譲渡まで2カ月の期間しか残されていなかったが、社内のさまざまな立場の人間にヒアリングし、現行システムの洗い出しを行った。その上で、GENDAグループへの移行後も継続するシステムと継続しないシステムに仕分けした。

 2週間という短期間で集中的にこの洗い出しと仕分け作業を行った後、急いでプロジェクトを立ち上げてプロジェクト憲章や体制、スケジュールなどを組んで予算案を策定した。当時、松本氏は、事業譲渡前に予算を策定し、GENDA側の承認を取り付けることにこだわったという。

 「事業譲渡が完了して親会社と子会社という関係になってしまうと、事前に決めた方針が覆ってしまう恐れがあると思ったのです。残りわずか2カ月間しか残されていませんでしたが、何とか事業譲渡前に計画と予算の承認を取り付けることができました」(松本氏)

主要3システムの移行をわずか1年の間で完遂

 同社が利用する業務アプリケーションの中でも、特に業務遂行に欠かせない重要システムと位置付けられていたのが「経理財務システム」「人事システム」「ワークフローシステム」の3つだった。本来ならこのうちの1つを移行・刷新するだけでも最低でも1年ほどの期間を要するが、GENDAグループの一員となって最初に課せられたミッションが「1年間でこれら全てを移行せよ」というものだった。

 「とにかく時間がなかったので、全く新たな仕組みにリプレースしたり、これを機に業務改善を行うような余力は一切、ありませんでした。そこで業務を継続させることを最優先に掲げ、なるべくこれまで使っていたものをそのままの形で移行するという大方針を立てました」

 ただし人事システムに関しては、それまでセガサミーホールディングスで使っていたものを利用できないことが後に判明したため、やむなく新規開発することになった。この新人事システムの開発に当たっては、社内の要員を中心に体制を組む内製開発にチャレンジしたが、ノウハウが不足していることもあり作業遅延が発生してしまったという。しかし、社外パートナーにアドバイスを求めたりすることで、何とか当初予定通りに開発を終えることができた。

 なお、経理財務システムはこれら3つのシステムの中でも業務における重要度が最も高く、開発作業の優先度も高かったが、「決算月の変更」など予期せぬ変更作業が発生するなど、「やはり、さまざまな困難に直面した」と松本氏は振り返る。しかし、買収前からシステムの開発・運用を支援してもらっていた外部パートナーに支援を仰ぐことで、何とか乗り切ることができた。その結果、当初は達成が危ぶまれていたタイトなスケジュールの中でも、何とか主要3システムのリリースをほぼ予定通りに行うことができたという。

ノウハウがほとんどない中インフラの設計・構築に奔走

 インフラの企画設計においても同様に、業務継続を最優先に掲げて「とにかくアプリケーションの稼働に影響を与えないこと」を目指した。

 もともとセガサミーホールディングスの一員だった頃は、インフラの構築・運用に関しては親会社に頼りきりだったため、インフラに関するノウハウが不足しており、限られた時間の中でサーバやPC、ネットワークなどすべてのインフラを設計するのはかなりハードルが高かったという。

 ただしサーバに関しては、すべての環境をAWSのクラウド環境上で構築したため、幸いなことに大きな問題に直面することなくスムーズに運んだという。一方PCについては、半導体不足によるメーカーの製品供給難で納品が遅れるなどの問題が発生。また、通常はPCの調達ベンダーがキッティングなどの導入作業もあわせて行うが、今回は調達ベンダーと導入ベンダーを分けるという新たな試みを導入した。

 「調達ベンダーと導入ベンダーを分けた方がコスト面でもサービス面でもメリットが大きいと判断して、初めてトライしてみることにしました。ベンダーが分かれる分、本来は弊社のマネジメントコストも増してしまうのですが、今回は導入ベンダーに全体のマネジメントをお願いすることで、弊社の負担を軽減するよう工夫しました」(松本氏)

 ネットワークに関しては、短期間のうちに約200店舗のネットワーク環境を構築する必要があり、またリハーサル段階で大きなトラブルに見舞われるなどさまざまな困難に見舞われたが、こちらも外部パートナーの支援を積極的に仰ぐことで、最終的には期日までに全ての環境を整えることができたという。

社外PMとの二人三脚でプロジェクト全体をマネジメント

 13のプロジェクトを並行して進めるとなると、プロジェクト管理に掛かる負荷も相当重くなる。そこで、全てのプロジェクトを統括するPMOには松本氏のほかにもう1人、社外から招聘したPMが1人参画した。これによりプロジェクト管理に掛かる負担を分散させるとともに、社員と外部の業務委託者の2人で管理業務を適切に役割分担することで、より効率的なマネジメントを心掛けた。

 具体的には、PMBOKが定める10の知識エリアごとに互いに役割分担を決めた上で、なるべく頻繁にコミュニケーションをとりながら二人三脚でプロジェクト管理業務を遂行していったという。

 「私は社員なので、社員でしかできないことに注力する。一方、社外から招聘した方はプロジェクトマネジメントの経験がとても豊富だったので、スケジュール管理やコミュニケーションマネジメントなどの業務に注力していただく。このように、明確に役割分担を行ったことで、13ものプロジェクトをスムーズに管理できたのだと思います」(松本氏)

業務委託のメンバーにも業務引継ぎや教育のミッションを

 なお、プロジェクト全体では、のべ17人の業務委託メンバーが参画し、その中にはセガ エンタテインメントの時代から同社のシステム構築プロジェクトに関わってきたメンバーも多かったという。その背景について松本氏は「過去のプロジェクトで業務委託の方々と良好な関係を築き上げることができたため、今回の案件でもこちらの数々の無理を快く引き受けてくださったのだと思っています」と語る。

 その一方で、同社の案件はまったく初めてというメンバーも多かったが、人材の選定にはかなり時間をかけたという。具体的には50人以上の候補の中から、今回のプロジェクトに参画してもらう人材を選んだ。ただでさえプロジェクトの作業で多忙を極める中、人材選定作業を行うのはかなりの負担だったが、トラブルを未然に防止するためにも人材の見極めや選定には慎重を期したという。

 なお、一度プロジェクトに入ってもらった業務委託のメンバーに対しては、なるべく社員との情報格差を設けず、現場で格差や疎外感を感じることなく社員と一体となって業務遂行に当たってもらえるような環境作りを心掛けた。そしてもう1つ重視したのが、業務委託メンバーのミッションとして、業務の引継ぎや教育を明確に定めた点だった。

 「プロジェクトの途中で他の業務委託の方と交代することや、あるいは中途入社した社員が新たにプロジェクトに加わることもあります。そうした際に、もともと業務を担当していた業務委託の方から新メンバーに対して業務の引継ぎやスキルトランスファーを行う必要があります。これらのミッションを、業務委託の方を採用する際にあらかじめお願いしていたので、人の出入りが激しいプロジェクトでありながら業務の引継ぎがスムーズに運んだのだと思います」(松本氏)

パートナー企業とのフラットかつフランクな関係を構築

 開発作業を委託する外部のSIベンダーとの関係構築にも、かなり気を配ったという。今回、開発を委託したSIベンダーは、過去に別のプロジェクトで仕事を依頼したことのあった会社だったが、これは意図的に選んだわけではなく、公平な選定を行ったところ、たまたまそのような結果になったという。

 「RFPを出して、複数のベンダーさんから回答書をいただき、公平に選定したところ、結果的に、過去、ご一緒させていただいたことのあるベンダーさんを選ぶことになりました。プロジェクトが始まった後はいろいろ無茶をお願いする場面もあったのですが、過去のプロジェクトでWin-Winの関係を築けたからこそ、今回も快く応えていただけたのかなと思っています」(松本氏)

 インフラの構築パートナーを募る際には、RFPを出して2週間後という短い期限で回答書を提出するよう求めたが、こうした無理な要望にも応えてもらった。また、たとえベンダー側の工数がふくらんでしまうような案件でも「自分たちの工数は増えてしまいますけど、こうした方がいいですね」と積極的に取り組んでくれた。

 こうしたベンダーとの良好な関係を構築・維持するために、コミュニケーションには気を配ったという。例えば相手側のことを「ベンダー」と呼ばずに「パートナーさん」と呼ぶようルール化したり、お互いの名前を呼ぶ際も肩書は付けずに「さん付け」で呼ぶようにするなど、フラットなコミュニケーションを心掛けることでプロジェクトの一体感の醸成に努めた。

 また、たとえプロジェクトがシビアな状況に直面していても、PMである松本氏が率先して雰囲気を和らげるようなユーモアを交えたコミュニケーションを積極的にとることを、常に心掛けていたという。

どれだけ忙しくても中途採用活動の優先順位を下げない

 こうして社外のステークホルダーとの関係構築に気を配るとともに、社内のプロジェクト体制を強化するための施策にも取り組んだ。プロジェクト発足当初はとにかく人員の絶対数が足りなかったため、プロジェクトの作業と同時並行で社員の中途採用の活動にも力を入れた。そのためにプロジェクトの作業が圧迫されることもあったが、「あえてプロジェクトだけに没入しなかったことが結果的に良かった」と松本氏は振り返る。

 「多忙を極めていると、どうしても目の前のプロジェクト業務だけに目が行きがちですが、そのために先を見据えた人員計画が疎かになってしまうと、たとえその場は乗り切れても将来立ち行かなくなるのは目に見えています。そのため、プロジェクトが多忙を極めている中でもあえて採用活動に時間と労力を割いたことが、結果的にプロジェクト成功の大きな要因になったと思います」(松本氏)

 こうして中途採用で入社した社員は、多忙なプロジェクトに途中から参画することになったにもかかわらず、全員が定着し、かつプロジェクトを通じて成長を遂げているという。その背景には、前述の通り業務委託メンバーも含めてプロジェクト内で引き継ぎや教育に対する意識を高めてきたことに加えて、繰り返しコミュニケーションの重要性を説いてきたことが功を奏したのではないかと松本氏は語る。

 「忙しい時ほど『しゃべっている暇があったら手を動かせ!』という空気になりがちですが、それではコミュニケーションの質は落ちていく一方で、プロジェクト全体の雰囲気も悪くなっていってしまいます。そうした事態を防ぐために、とにかく『コミュニケーションの優先順位を上げよう!』と口を酸っぱくして言い続けてきたことが、社員の定着にもつながったのではないかと思います」

買収された側であっても「自ら積極的に動くこと」で信頼を得られる

 プロジェクト内部でのコミュニケーションだけでなく、プロジェクトオーナーであるGENDAの経営陣とのコミュニケーションにも気を配った。松本氏らは、立場的には買収された側であるため、得てして買収した側の指示待ちの姿勢になりがちだが、むしろ逆に自ら積極的に買収側の経営陣に働きかけることで結果的に信頼を得られたという。

 「指示される前に自ら計画と予算を策定して、こちらのやりたいことを先回りして提案するよう心掛けていました。また、経営陣も交えた定例ミーティングを週1回ペースで行っていたのですが、その場で常に状況やリスクについてきちんと報告するようにもしていました。こうした姿勢を示すことで、結果的に経営陣から高い信頼感を獲得できたのではないかと考えています」(松本氏)

 その結果、買収された側であるにもかかわらず買収側から特に干渉されることなく、自分たちの思うようにプロジェクトを進めることができた。またその結果、当初想定した予算と期限内にプロジェクトを完遂でき、経営陣からさらに高い信頼を得ることに成功したという。

執筆

吉村哲樹記事一覧

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。

編集

後藤祥子記事一覧

ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

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