MIXIはなぜ、情シスを「運用グループ」と「企画推進グループ」に分けたのか


 2023年12月11日、AnityA主催のイベント「MIXIのコーポレートIT施策を研究する会 ITアーキテクチャから運用体制まで全て見せます」が開催された。


 本イベントの前半では株式会社MIXI はたらく環境推進本部 コーポレートエンジニアリング部 部長 加藤徳英氏と、同部 マネージャー 秋元佑一郎氏に登壇してもらい、同社のユニークなコーポレートIT組織「はたらく環境推進部」、通称「はた環」の歴史や仕事内容についてプレゼン形式で紹介してもらった。


 なお、このプレゼンの内容は別途、イベント前編の記事「MIXIの情報システム部門は、ビジネスの急成長にどのように対応してきたのか」で紹介しているので、未読の方はまずこちらをご一読いただきたい。


 後半ではAnityA 代表の中野仁を交え、MIXIのプレゼンテーションを振り返りながら、同社のシステム運用体制やITアーキテクチャの設計思想などについてパネルディスカッション形式で語り合ってもらった。

左からMIXIの秋元佑一郎氏、加藤徳英氏、AnityAの中野仁氏

会社の急成長と事業多角化に対応すべく奔走してきた「はた環」

中野氏: 私が加藤さんと初めてお会いしたのは2017年ごろのことでしたね。当時MIXIさんはゲームタイトル「モンスターストライク(モンスト)」の大ヒットを受けて、会社の規模が急速に拡大している時期でした。その後、縁あってAnityAとして正式にMIXIさんにコンサルティングサービスを提供させていただくことになったのですが、やはりゲームがヒットしたときの会社の急成長ぶりは、一般ビジネスでは考えられないぐらい急激ですよね。当時はやはり大変ではありませんでしたか?


加藤氏: 外部から見ると大変なように見えたかもしれませんが、実はゲームのヒットを受けての拡大フェーズでは、結局ゲームビジネスのスケールだけに注力すればいいので、以外とやることはシンプルなんです。それに当時は会社のビジネスの成長だけでなく、スマホアプリ市場全体の成長や未来に向けて皆ワクワク感をもって仕事をしていたので、大変という感覚はあまりなかったですね。むしろその後、事業を多角化していった後の方が大変でしたね。


中野氏: 確かに業態自体がシンプルであれば、急激な成長にも比較的対応しやすいですね。一方、いろんな業態が存在するコングロマリットになると、業態ごとに異なる業務プロセスやシステム運用のオペレーションに忙殺されて、一気に皆疲弊していきますね。でもそんな中、はた環は表面上の対応だけに留まらず、オペレーションまで自ら巻き取って実行しているところがすごいなと思いました。コーポレートIT部門が現場の運用をここまで巻き取っている例は、他社では正直あまり見たことがありません。


加藤氏: はた環を立ち上げたのが2014年のことでしたが、翌年にはもう総務・庶務と労務の機能を巻き取っています。この決断を下したのは当時の上司だったのですが、さすがにこの時は私も「どうかしているのでは?」と思いましたね! でも実際にやってみると、社内の業務プロセスを深く理解できるので、他部署とさまざまな調整を行ったり、プロセスを最適化する取り組みが極めてスムーズに進められるようになりました。


秋元氏: 実際に自分たちでオペレーションを巻き取ることによって、他部署からも信頼を得られるようになりました。その結果、はた環が打ち出す施策に対して他部署からストップがかかるようなこともありませんし、社内の信頼醸成という意味でもとても効果的だったと思います。

性善説に基づく「平和な文化」が社内外に求心力を生む

中野氏: 私がはた環のお手伝いをさせていただくようになって最も感じたのがこの「信頼醸成」と、あともう1つがMIXIさん独自の「企業文化」です。これまでも何社かホールディングス会社のコンサルティングを手掛けてきたのですが、往々にして社内での衝突や足の引っ張り合いが多くて、殺伐とした雰囲気の会社が多かったですね。でもそれに比べてMIXIさんはとても平和な雰囲気で、皆さん性善説に基づいて物事を進めているので、これまで性悪説の文化ばかりに接してきた私にとってはカルチャーショックでしたね!


加藤氏: 経営者が現場の感覚をとても大事にしてくれているので、こういう文化が醸成できているのだと思います。私たちにとっても、余計な事に神経をすり減らすことなく成果だけを追い求められるので、とてもありがたいですね。

中野氏: 余計なコミュニケーションコストを掛けずに済むというのはとても大きいですね。またオペレーションを外部のコンサルやパートナーに丸投げせずに、業務委託の方々をうまく巻き込みながら内部で巻き取っているのも大きな特徴ですね。一見すると外に丸投げした方が効率がいいように思えるのですが、実際にやってみると実はMIXIさんのようなやり方の方が効率がいいのかもしれません。


加藤氏: 業務委託の方々が主体的に動いていただいているおかげで、何とか内部で回せている面はあります。


中野氏: 業務委託やパートナーの人たちも、優れた文化を持つ会社のためには一生懸命頑張ろうと思いますし、逆に軽く扱ってくるような会社に対しては「最低限のことだけやっていればいいか」となってしまいますよね。これはプロパーの社員についても同様で、MIXIさんは離職率がとても低いんですよね。

秋元氏: そうですね。確かに最近ではほとんど辞めている人はいませんね。


加藤氏: まあ離職率が低すぎるのもどうかと思うんですが!


中野氏: 以前加藤さんと話したときに、「極端な話、スキルより文化が合うかどうかがすべてですよ」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。


 確かに自社の文化に合わない人を入れてコンフリクトが生じるぐらいなら、文化が合う人たちでいわば「カルチャードリブン」で回していった方が結果的にはパフォーマンスは向上します。事実、大半のスタートアップはそうしているのですが、一方で企業規模が拡大していくとそうしたやり方は通用しなくなってくるのが通例です。にもかかわらず、MIXIさんは企業規模がこれだけ大きくなってもそのやり方を維持できているのがすごいと思います。


加藤氏: 全体的に優しい人が多い会社なので、そういう文化が維持できているのかもしれません。あとは全体的にITリテラシーが高い人が多くて、かつ事業部門ごとの独立性が高いので、はた環のような組織が無理やり統制を掛けなくても現場できちんと回せている面があります。ただし同時に、これ以上人員が増えると今までのやり方だけでは回らなくなりそうだという危機感も持っています。

その会社の文化を知らずしてアーキテクチャを語るなかれ

中野氏: なぜ文化の話にこれだけこだわるかというと、システムのアーキテクチャの設計思想やツールの選定方針の根底には、やはりその会社の文化や歴史的経緯があるからなんです。そういう意味では、ツール選定にあたって「現場の移行を尊重する」「無理やり全社でツールを統一しない」というMIXIさんのツール選定のポリシーの根底には、やはり独自のカルチャーがあると思います。


 あとは、これまで運用主体で行ってきたところへ、より企画設計寄りの取り組みを強化すべく、2023年10月に新たに企画設計専門の部署を新設しました。


秋元氏: コーポレートエンジニアリング部という組織が新たに立ち上がって、加藤が部長を務めています。私はその配下にある「DXグループ」のマネージャーを務めているのですが、加藤と中野さんから毎日プレッシャーを掛けられながら新たなミッションに臨んでいます!

中野氏: 先ほどのプレゼンでは、人事・アカウント情報のデータベース化を中心とした社内DXの計画を紹介していただきました。これまでは約3000のアカウントやデバイスの管理をほぼ手動オペレーションで行ってきたとのことですが、ゲーム業界って業務委託の方が頻繁に出入りするのでアカウント管理がめちゃめちゃ煩雑なんですよね。しかもこれを手で回すとなると、かなり大変だったのではないでしょうか。


加藤氏: 業務委託の入社タイミングを月2回に絞るなど、いろいろ縛りを掛けることで何とか回してきましたが、やはり事業側にはいろいろと我慢を強いてしまっていたと思います。


秋元氏: 本当は業務プロセスを根本的に改善するところまで行きたいのですが、まずはそれを行うための環境を整備するためにアカウント情報のデータベース化を進めているところです。


中野氏: 大元のデータがぐちゃぐちゃの状態で個別のシステムを入れ替えても意味がないですからね。とはいえ、こうしたデータ整備の施策はなかなか社内の理解を得るのが難しいのも事実ですが、MIXIさんでこうした話がすんなり通っているのは、やはり独自の企業文化と、これまで長年に渡って積み上げてきたはた環の「信用貯金」があってこそなんでしょうね。

実現可能性をシビアに検証する前にとにかくチャレンジしてみる

中野氏: 2023年10月にはた環の体制を大きく変えて、運用グループと企画推進グループを分けたわけですが、この2つの機能を完全に分けてしまうリスクもあって、多くの企業では運用系の組織と企画推進系の組織は仲が悪いですよね! なかなかお互いに話が通じないというケースをよく目にするのですが、はた環に関してはMIXIさんの穏やかな企業文化もあるので、そういう心配はなさそうですね。


 むしろ問題なのは先ほど秋元さんのプレゼンでもあった通り、人材不足でしょうね。DXの企画推進ができる人というのは、テクノロジーだけでなくビジネスの観点も広く持ち合わせる必要がありますけど、そんな人材はそうそういませんし、育成するのも大変ですからね。


秋元氏: その通りですね。現状、社内DXに対応できる人員が社員2人しかいないので、広く人材を募集しています。

中野氏: あとこれは繰り返しになるんですけど、やっぱりMIXIさんの躍進の源泉は企業カルチャーにあるんだなと感じました。私は普段、どちらかというと投資対効果をシビアに問うような仕事の進め方をしているので、MIXIさんと仕事をしていると「やっぱり“ワクワク感”のようなものはとても重要なんだな」とあらためて実感させられますね。そういうモチベーションがないと仕事に夢中になれませんし、ましてや改革の取り組みとなるとつらい局面も多いだけに、なおさらそういうカルチャーが重要になってくるんですよね。


加藤氏: もともと弊社の社長がそういうタイプの人で、例えば最近注目を集めている生成AIに関しても、社長自らがノリノリでいろいろやりたがっていますから。AI以外の施策に関してもそうで、社長が「挑戦」「ワクワク感」といったことを大事にしているので、会社全体も自ずとそういう雰囲気になっているのかなと思います。


中野氏: そういうノリですぐに挑戦してみて、トライアンドエラーを繰り返していく方が早く結果に行きつくことができるんですよね。大企業はえてして、コンサルやベンダーに高いお金を払って延々と事前検討を続けることが多いですけど、その間にかかる費用と時間的ロスを勘案すれば、MIXIさんのように「とりあえずチャレンジしてみる」というやり方の方が、実は一周回って合理的なのではないかと最近思い始めています。

将来のスケールを見越してシステム化を先行させたことはない

中野氏: ではイベント参加者や視聴者の方々からいただいた質問の中から、幾つかピックアップしてお答えしていこうかと思います。「100人以下、500人、1000人規模の組織からスケールを意識した時、規模が小さい組織のうちに行いたかったことは何か」という質問をいただいています。


加藤氏: 将来のスケールを想定して先行してシステム投資を行うという発想は、実はほとんど持ったことがありません。その時々のオペレーションがきちんと回っていれば、極端な話システム化せずに手作業のままでもOKという考え方ですね。なので、その時々の規模に応じて最善の手段を選ぶというのは結構重要なのではないかと思います。下手にシステム化を先行してしまうと、逆にそこに縛られて運用の柔軟性が損なわれてしまうリスクがあります。


中野氏: 確かに、下手にシステム化を先行させずに、課題が明確化した時点ではじめて着手した方が間違いがないというのはその通りだと思います。ただしこれには、MIXIさんのように「きちんと運用を回せる部隊がいれば」という但し書きが付きます。


 そういう部隊が社内にないと、組織規模が拡大したときに社内では対応しきれなくなって、仕方なく外部にアウトソースした結果さらに状況が悪化して運用が崩壊してしまいます。こうした事態を防ぐためには、やはり将来のスケールを見越して、「人がいなくなったり足りなくなったとしても回る仕組み」の構築を先行した方がいいと思います。

 では次の質問です。「社内ツール等の運用範囲についてはいつも迷いながら検討していますが、 MIXIさんで運用とおっしゃっている業務の具体的な内容や範囲についてお伺いしたいです」という質問が来ています。


秋元氏: 例えばセキュリティ対策に関しては、はた環だけで完結するわけではなくて、社内に別に設けられているセキュリティ室という部署と連携していますし、システム導入に関しても開発部門と連携をとりながら管理しています。


 従って確かに業務範囲に曖昧なところはあるのですが、一言で言えば「従業員が使うもの」に関しては、オフィス設備も含めてすべてはた環の管轄になっています。逆にお客様が使うもの、つまりサービスに関しては基本的にはスコープ外で、それぞれの事業部の管轄になっています。


中野氏: はた環の場合、ひとことで「運用」といっても既存の仕組みを単に回すだけではなくて、それらを改善するための活動も含んでいるところが特徴的だと思います。そういう取り組みを続けて成果を積み重ねていくと、経営や他部門からも信頼されるようになって、自ずと会社全体の重要案件に関われるようになってきますね。あとは、社歴が長くて経営と直接会話ができる加藤さんというキーマンがいることも、はた環が社内で重要な地位を占めている理由の1つではあると思います。


 次に「運用保守と企画チームを分けたとのことでしたが、『ワタシ考えるヒト』『アナタ手を動かすヒト』の組織的分断問題が発生しませんか。そこを乗り越える工夫が何かあれば教えていただけますか」という質問をいただいています。つい先ほども話題に上がったトピックですね。


秋元氏: はた環はもともと「皆で一緒に作業を巻き取ってやっていこう」という文化の中でやってきたので、運用チームと企画チームが分かれたとしても、急に分断が起こるとは考えていません。ただしこの後時が経って、メンバーが増えたり外部から役職者が来るようなことになると、ひょっとするとこれまで維持してきた文化も変わってくるのかもしれません。


中野氏: 大企業の場合、企画と運用がひたすら喧嘩し続けているというのはよく見る光景なので、この質問の意図はとてもよく分かります。


 でもMIXIさんの場合は、これまで長らく運用と企画を一体でやってきましたし、恐らく「自分は運用には興味ない、企画や戦略だけをやりたい」というコンサル崩れのような人材を採用してこなかったので、今のような文化が形成されたのだと推測します。なのでこれからもこうした方針を徹底していけば、私もそこまで大きな分断は起こらないのではないかと思います。

執筆

吉村哲樹記事一覧

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。

イベント企画

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ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

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