※本記事は、DX時代にあった新しい企業システムのあり方を考えるコミュニティ「BJCC(Box Japan Cloud Connections)」のコラムとして2020年7月6日に掲載された記事を転載したものです。
ITを導入する立場の人も、ITを使う側の社員も、「課題が上がった時には自分の頭で考え、解決する文化と、それを支えるIT環境を社内につくっていきたい」──。こう話すのが、東急不動産ホールディングスの情報システム部に新風を吹き込み、組織改革を目指す柏崎正彦さんです。
その背景にあるのは、外資系企業で経験した“ITを使った課題解決型のアプローチ”。ツールありきではなく、会社のミッション、ビジョンから今、あるべき姿を考え、それを実現するために最適なツールを自ら考え、選び、実装する──というIT導入のプロセスは、ITを使う側の社員から納得感を得やすいことから自主的なIT活用が進むとともに、企業の成長にもつながったと振り返ります。
IBM製のオフィスコンピュータ用ミドルウェアを扱うベンチャー企業から外資系ストレージ企業を経て、現在、東急不動産ホールディングスの情報システム部門で外資流のIT導入プロセスを浸透させようとしている柏崎さんは、どんな方法で社内に「自ら考え、行動する文化」を取り入れようとしているのでしょうか。その取り組みについて話をお聞きしました。
「自炊型」の外資系企業と「外食型」の日本企業
── 柏崎さんが、「自分の頭で考え、解決できる人を増やすこと」をミッションとして掲げるようになったきっかけは?
柏崎正彦:日本企業でも、外資系企業のいいところを生かした働き方ができないか──と思ったことがきっかけです。日本企業で働くようになって、これまで働いていた外資系企業に比べると、ITが日々の仕事にもたらす価値について自らきちんと考え、使いこなそうとする人が少ないと感じたのです。
私が所属していた外資系企業のITに対する姿勢は、食事に例えるといわば自主性を重んじる「自炊型」と言えるものでした。お腹が空いたら(ビジネスで困ったことがあれば)、食べたいもの(ソリューション)を自分で作って(実装して)食べる(導入する)。その人に知識やスキルがあれば、より、おいしい料理(自社に最適化したソリューション)ができます。
一方、日本企業のITに対する姿勢は、「外食型」のような印象を受けたのです。ITで課題を解決しようとする時に、自分たちで素材(テクノロジーやITサービス)を集めて料理(実装)するのではなく、レストラン(外部委託)に頼ることが多い。しかも、いつも同じレストラン(委託業者)にしか行かず、メニュー(提案)も自分で選ぶのではなく、出されたものを受け入れるだけ──というケースが少なくないのです。
このようなやり方で「IT戦略に対する自主性」を手放してしまうと、提示されたソリューションが自分たちの課題を解決するためのベストな手段かどうかが判断できなくなりますし、自らそれを考えて判断しようというモチベーションもなかなか湧きません。
── 確かに、与えられたものを何も考えずに使っていると、「自ら考える習慣」が身に付かなくなってしまいます。
柏崎正彦:さらに、“日本企業ならではの親切心”が仇になっていることも、もったいないと思いました。日本企業はシステムを導入する際、ITリテラシーが最も低い社員のレベルに合わせて、懇切丁寧に使い方を説明するマニュアルや教育プログラムを用意します。
それ自体は悪いことではないのですが、その状態に慣れきってしまうといつの間にか「誰かに頼らないとITを使えなくなって」しまいますし、そもそも自分自身で「どうやってITを使いこなせばいいのか」を考えなくなってしまいます。
一方、外資系企業では、情報システム部門以外の社員でも「PCは苦手なんだよね」「ITのことはよく分からないから」などと口に出そうものなら、その瞬間に即、戦力外になってしまいます。誰もが自らIT活用について当たり前のように自分の頭で考えていますから、このあたりでも日本企業との差がついてしまっているような気がします。
── 確かに日本企業は外資系企業にIT活用で遅れを取りがちかも知れませんが、それでも業務のIT化はここ最近、急速に進んでいるようにも見えます。
柏崎正彦:確かに日本企業でも、現在ではあらゆる業務にITが導入されて、働く環境自体はかなりデジタル化されています。しかし、そこで働く人々の「思考のデジタル化」は進んでいないように感じることもあります。
例えば、最新のクラウドサービスやモバイルアプリケーションを導入して、社内にもはやサーバが1台もないような企業でも、仕事のやり方は昔ながらのメールや電話、紙の書類を使っていたり、会議室に皆で集まって延々と会議を続けているようなケースも少なくない。
環境や道具はデジタル化されているのに、「それを使って何を目指すべきか」というビジョンがないために、本質的な働き方は30年前からほとんど変わっていないんですね。これはとてももったいないことだと思うんです。
ただ、見方を変えれば、日本企業のIT活用には「伸びしろ」があるとも言えます。ですから、思考をデジタル化するための糸口さえ見つかれば、一気に本質的なIT活用が進展し、さまざまな業務や課題を効率的に遂行し、解決できるようになる可能性があると期待しています。
── 「自ら考え、解決する習慣」が根付くと、組織はどう変わるのでしょうか。
柏崎正彦:1つはスピード感をもって仕事ができるようになること。自分で考えずに解決策を待っていると、解決策が提示されるまで物事が進みません。情報システム部門に問い合わせて、返事が来るまで待っているよりも、自分で調べて解決できるならそうしたほうが仕事のスピードは上がりますし、情報システム部門の負担も下がります。
もう一つは一貫性のある取り組みができるようになることです。自分で考え、課題を解決するには、「なぜ、何のためにそうするのか」を考える必要がありますから、課題の本質や会社のビジョン、自分の役割を意識するようになります。全体感を捉えた上で課題解決について考えるようになると、取り組みにブレがなくなりますから、本質を欠いた考え方や場当たり的な解決が減っていきます。
「変わりたい」と思う仕掛けをどうやって作るか
── 与えられることに慣れてしまった人たちを、自ら考えるよう促すために、どのような取り組みをしていますか。
柏崎正彦:外から働きかけて変わってもらうような「外的モチベーションの押しつけ」で無理やり変えようとするのではなく、ITを使う社員たちが自ら変わりたくなるような「内的なモチベーション」を湧き立てる工夫を凝らす必要があると考えています。
なぜなら、他人に対して「変わってください」とお願いして、その通りに変わってくれることなんて、まずありません。よくよく考えてみれば、自分だって他人から「今までのやり方を変えてください」と言われても、納得できる理由がなければ素直に応じようとはなかなか思えません。
よって、ITを使う社員の方々が、自ら「試してみたい」「使ってみたい」という気持ちになるようなアプローチが重要だと考えています。
── 具体的にはどのようなことを行っているのですか?
柏崎正彦:例えば現在、グループ会社の東急コミュニティーで、オンラインストレージサービスやチャットツールの導入を進めているのですが、それらの使い方を、ただマニュアルやeラーニング教材で伝えるだけでなく、具体的にどんな場面でどのように役立つのかが分かる動画や4コマ漫画のコンテンツを通じて伝えようとしています。
新たなITツールを導入する際には、どうしても「正しい使い方を覚えること」に意識が向いてしまいがちですが、そこから意図的に意識を「ずらす」ことによって、その背後に隠れていた本当の利用価値、つまり「それがどのように自分の仕事に役立ち、どんなふうに自分の仕事を楽にしてくれるのか」が見えてくることがあります。
ですから、提供したツールを使った先にある「新しい働き方」をイメージしてもらうための仕掛けとして、便利な利用シーンが見えてくるような動画や4コマ漫画などのコンテンツを情報システム部門の仲間たちとともに企画・実行しているところです。
── そうなると、ITを利用する社員だけでなく、ITを提供する立場にある情報システム部門のメンバーにとっても、自分の頭で考えることが大事になります。
柏崎正彦:その通りです。ITツールを使う社員の方々に「変わってほしい」と願うなら、まずはそれを提供する情報システム部門のメンバーが自ら「考える人」に変わる必要があるでしょう。
近年の情報システム部門には、企業のデジタル戦略を率先してリードする役割も求められるようになってきていますから、そのためには情報システム部門のメンバーにもマインドチェンジやスキルチェンジが必要になり、自ら振る舞いを変える必要があります。
そこで私は、「まずは、自分が率先して現状を変えていくことで仲間を巻き込んでいこう」としています。
今、情報システム部門の課題となっているのは、「ITを使って会社のデジタル戦略や収益に対して最大限の貢献をすること」がミッションであるにもかかわらず、多くのメンバーが既存インフラのお守りや、ユーザーからの問い合わせ対応といった目の前の作業に忙殺されていて、本質的な課題に取り組むための時間を確保できずにいることです。
そこでまずは、情報システム部門のメンバーを無駄な業務から解放して、ビジネス課題やそれを解決しようとしている社員に向き合うための時間を作れるよう、無駄なルールをなくしたり、Excel台帳をなくしてシステム化したり、社員からの問い合せ対応を効率化するためのチケットシステムやワークフローシステムを導入したり──といった新しい取り組みを進めています。
これらの仕組みを1つ1つばらばらに導入すると面倒ですが、例えば、前職の外資系企業ではこれらをServiceNowでひとまとめにして効率化を図っていました。これにならって現在、当社でもServiceNowの導入を進めているところです。
これがひと段落したら、ServiceNowの基盤上に業務系ツールをどんどん入れていって、最終的には社員が簡単なスマホアプリの操作だけで業務がこなせるような世界を目指していきたいと考えています。つまり、「ITのセルフサービス化」を進めていこうという考えです。
このように、新しい取り組みを通じて自ら「変えていこう」という姿を行動で示すことで、それに共感してついてきてくれる人たちが出てきます。
人は自分たちの仕事の負担が軽減され、やりたくない仕事が自動化されるような改革案には協力してくれるもので、事実、ServiceNowのプロジェクトを立ち上げてから、私の周りにも徐々に仲間が集まってきました。少しずつ新たなチャレンジの成果も上げられるようになってきています。
変化を起こす最初の段階では、IT部門全員の考え方を無理やり変える必要はないと思いますし、これまで「守りのIT」を担当してきた人たちに対して、いきなり「明日から攻めのITをやりましょう」と言ったところで、うまくいきません。
DX(デジタルトランスフオーメーション)や攻めのITを目指すのであれば、その前提となるマインドセットやスキルセットを醸成するのが先決だと思います。少しずつ組織の文化を変えていって、20年後に目指す姿が実現できていればいいぐらいのつもりで構えています。
IT部門の仲間と一緒に「自ら考える文化が浸透した未来」をイメージし、形にする喜び
── これからの「変革」の時代に、情報システム部門は企業にとってどのような存在であるべきだとお考えですか?
柏崎正彦:変革の代表的なものの1つであるDXを例にとると、「DXの価値」は、企業によって違いますから、まずは「自社にとってのDXとは何か?」を「自分たちの頭で考えること」が大切だと思います。
その上で、自分たちの会社にとってのDXの価値を高めていくために自分に何ができるのか、また、会社のビジョンを実現しようとしている社員の人たちが自分の頭で考え、スピード感を持って働けるようにするためにどんな支援ができるのか──を、常に考え、実行していくことが、情報システム部門の大きな役割だと思っています。
大事なのは、これを「ワクワクしながらできるかどうか」というところですね。変化を起こすということはなかなか難しい面もありますが、今の会社が外資系企業の「ミッションドリブン」なところと、日本企業の「誰も置き去りにしない親切さ」を併せ持った形で進化した未来を考えると、ワクワクせずにはいられません。そんな未来を仲間たちと一緒に作っていきたいと思うのです。