コーポレートITの「勝ち戦」を実現する脱・おもてなしヘルプデスクの実現プロセス


 2023年6月22日、実務者のためのメディア「Darsana(ダルサナ)」が主催するオンラインイベント「ヘルプデスクに『おもてなし』は必要ない? IT投資効果最大化のための情シスのあり方」が開催された。


 本イベントの前半では、東急不動産ホールディングス株式会社 グループDX推進部 ITサービス企画グループ 主幹 柏崎正彦氏より、東急コミュニティーがBoxを全社導入後にデジタルアダプションプラットフォーム製品「Pendo」も導入し、Boxの現場定着や利用促進を図った事例の紹介が行われた。この内容は別途「ユーザーも情シスも経営陣も満足する『脱・おもてなしヘルプデスク』とは 東急コミュニティーの事例で学ぶ『良い支援』と『ダメな支援』」で紹介しているので、ぜひご参照されたい(プレゼン動画記事はこちら)。


 イベントの後半ではこの内容を受けて、Pendoの開発元であるPendo.io社の日本法人でカスタマーサクセス シニアディレクター を務める大山忍氏と、AnityA 代表の中野仁を加えた3人で行われた鼎談や、イベント視聴者から寄せられた質問に登壇者が答えるQ&Aセッションが行われた。

自主的にITを使いこなしているユーザーに対して積極的にアプローチする

中野氏: 柏崎さんのプレゼンテーションの内容は、個人的にも非常に共感できました。そもそもヘルプデスクを変革しようと思い立ったきっかけは何だったのでしょうか?


柏崎氏: 私はもともと外資系IT企業の情報システム部門にいたのですが、当時はとても仕事がしやすかったんです。日本企業のようにユーザーの問い合わせに対して遠隔操作でサポートするようなことは一切しませんし、もしユーザーが「代わりに操作してくれ」なんていったら、それこそ「来週から来なくていい」と言われるような環境でしたから。

東急不動産ホールディングス グループDX推進部 ITサービス企画グループ 主幹の柏崎正彦氏 

 でも日本企業に転職した途端、電話と遠隔操作のおもてなしヘルプデスクが当たり前に行われている現実に直面して、「これは何とかした方がいいのではないか」と考えるようになりました。


中野氏: そこで「ITリテラシーの低いユーザーのレベルに合わせない」という方針を打ち出して、逆にBoxを使いこなしている「上のレベルの人たち」へのサポートを手厚くしたというところがとても特徴的だと思いました。


 多くの日本企業では、社内ヒエラルキー的にどうしても「売上を上げている部門が上」「コストセンターであるIT部門は下」と見られがちで、どうしても営業部門などの声の大きなユーザーに対する「おもてなしサポート」を優先せざるを得ない雰囲気があります。


柏崎氏: そうですね。でもPendoのようなデジタルアダプションツールをうまく使えば、そうした層のユーザーに対するサポートのかなりの部分を自動化できます。そうやって節約できた時間を使って、逆に自主的にBoxを使いこなしているユーザーに対して優遇策を講じることができれば、何か面白いことができるのではないかと考えたんです。


中野氏: そうしたユーザーの自主的な取り組みを事例として発表した結果、Boxのアワードも受賞されたんですよね。このように社内の先進ユーザーを「ヒーロー」「チャンピオン」として表彰したり、何らかのインセンティブを与えることで、ツールを使いこなそうという社内の機運も高まってきますし、その結果、いわゆる「中間層」が刺激を受けて積極的に活用してくれるようになったらしめたものです。


柏崎氏: そうですね。使いこなしていない人に対して「使ってください」と言っても、「いや、こっちも忙しいんだよ」と拒絶されるのはもう分かりきっていますから……。そうではなく、自ら使いこなしている人に積極的にアプローチしてサポートする方がはるかに効果的だと思います。

ITツールの導入前に仮説を設定しておくことが大事

中野氏: Pendoのような仕組みを使ってシステムやサービスの利用状況を可視化することは、アプリケーションベンダーやSaaSベンダーは当たり前のように行っていますけど、企業の情報システム部門が社内ユーザーの利用状況を把握するために利用するというのは比較的珍しいのではないでしょうか。


大山氏: おっしゃる通り、もともとPendoはソフトウェアベンダーが自社製品をよりユーザーに使ってもらうために利用する目的で開発されました。ソフトウェア製品を導入しても、そのままでは大抵の場合現場ではなかなか使われません。

Pendo.io 日本法人 カスタマーサクセス シニアディレクターの大山忍氏

 そこで製品の利用状況をきちんと可視化して、「使えている人」「使えていない人」などさまざまなユーザー層にそれぞれ応じたサポートを提供していく「パーソナライゼーション」の概念が重要になってきます。そしてこの考え方自体はソフトウェアベンダーだけでなく、社内でITシステムの導入や定着に取り組む情報システム部門の方々にとっても同じくとても有効です。


中野氏: 柏崎さんのプレゼンで紹介していただいた東急コミュニティーの事例は、まさにそうしたパーソナライゼーションの好例だと言えそうですね。


大山氏: そうですね。東急コミュニティーさんの事例で一番すごいなと感じたのは、導入前にきちんと仮説を立てている点ですね。


 ただ単に「データをとれば何かインサイトが見つかるだろう」という漠然とした考えではなく、Pendoを入れることによって「どのユーザーにどんなアクションを取ってもらいたいか」というゴールや仮説を明確に設定して、これを実践に移すためにツールを選定・導入しているので着実に成果が得られているのだと思います。


 ユーザーのペルソナを設定して、どのようにBoxを使いこなしていってほしいかという「カスタマージャーニー」を設計しているという点で、極めてマーケティング的な発想に立った取り組みだと感じます。


中野氏: 導入したIT製品の利用状況をデータで客観的に把握できるのは、経営層にIT製品の投資対効果を説明する上でもとても役立ちそうですね。


 ITリテラシーは低いのに声だけは大きいユーザーが「Boxは使いづらい!」と言い立てると、それに引きずられてBoxの投資対効果も低く見積もられてしまいます。でも本来は、Boxのように世界中で使われているデファクトスタンダードの製品が使いづらいわけがないんです。


 従って、たとえそういう声が上がっても、「この通り、使いこなしている人たちは積極的に活用しています」とデータで示せることは、経営層に対してITの投資対効果を客観的に説明して投資の優先度を上げてもらう上でも極めて大事な取り組みだと思います。

AnityA(アニティア)代表取締役社長の中野仁氏

使いこなせないユーザーの不安を払拭するために

大山氏: 柏崎さんは先ほど「自主的に使いこなしている人に対するサポートを優先する」とおっしゃっていましたが、その一方でリテラシーが低いユーザーに対する配慮も決して忘れていない点がとても印象的でした。単にマニュアルの内容をPendoのガイドとして提示するのではなく、ツールを使いこなす自信がないユーザーの立場に立って「怖くないんですよ」と優しく語りかけるようなガイド作りを心掛けていらっしゃいますよね。


柏崎氏: はい。そういう人たちに「なぜBoxを使わないんですか?」と聞くと、決まって「使いづらいから」と返ってくるのですが、先ほど中野さんもおっしゃったように、これだけ広く使われている製品が使いづらいわけがないんですよね。


 じゃあなぜ使いづらいと感じるのか、その理由を分析していくと、リテラシーが足りないために「この操作を行って本当に大丈夫なんだろうか?」という不安が先に立ってしまうんです。従ってそうしたユーザー層に対しては、具体的な機能や操作の説明の前に、とにかく「怖くないんですよ」「安心して使えますよ」というメッセージをガイドで発信することを心掛けました。

大山氏: Pendoの導入につまずくお客さまの多くが、既存のマニュアルの内容を全部ガイドに置き換えようとされるんです。でもそれでは、もともとマニュアルを読まないユーザーには受け入れられません。やはりさまざまな立場のユーザーさんのリテラシーやモチベーションを考慮して、それぞれの層に受け入れられやすい言葉で語りかけるようガイドを設計することが重要です。


柏崎氏: その通りだと思います。私たちも、マニュアルの内容をそのままガイド化してもきっと読んでもらえないだろうと考えました。でも、かといって、ガイドの内容を私たちIT側の人間だけで考えても、やはりユーザーの立場に寄り添った内容にはならないと思いました。


 そこでいわゆる「デザイン思考」的な手法を取り入れて、「Boxを使いづらいと考えているユーザーはどんな人か」「その人たちはなぜ使いづらいと考えているのか」「その使いづらさを解消するにはどんなガイドを作ればいいのか」という仮説を立て、さらにPendoで取得したデータでその内容を検証・評価しながらガイドの内容を詰めていきました。


 また非ITユーザーにも理解しやすい文言にするために、いったん私たちが作った文章をChatGPTに対して「この文章を小学生でも理解できるように変換してください」と依頼して、平易な表現に直してもらいました。私たち自身にとっても、「そうか、こういう表現を使えば非ITユーザーにも伝わりやすくなるのか」と多くの気付きがありましたね。

ヘルプデスクはなぜ「価値の低い仕事」と見なされやすいのか?

中野氏: それではイベント参加者の方々から寄せられた質問に答えていきたいと思います。「コンセプトには大変共感しますが、ちょっと分からないことがあるとすぐに電話してくる体質の母集団に対して、果たして今回のテーマのアプローチが実を結ぶことはあるのでしょうか。徒労に終わるだけではないかとの疑念があります」という質問をいただいています。

柏崎氏: おっしゃる通りで、確かにこれまで通りのやり方では徒労に終わる可能性が高いことは、皆さん肌感覚で分かっていらっしゃるわけです。じゃあ「負けることが分かっている戦いではなく、勝ち戦の方に行きませんか」というのがまさに私が申し上げたいことです。


 つまり、決してITを使いこなそうとしない人たちではなく、自ら使いこなしてくれる人たちに対して積極的にアプローチするべきだということです。


 ただし使いこなそうとしない人たちを完全に放置することもできないので、ここをサポートするヘルプデスクは外注した上で、なるべく遠隔操作のサポートをせずにナレッジベースを使って解決してもらうようにしています。


 そのために、ヘルプデスク担当者の評価基準の1つに「ナレッジを使って解決したかどうか」という指標を設けています。加えてPendoのようなデジタルの仕組みを導入して業務を省力化できれば、空いた時間をより価値の高い業務に割り振れるようになります。


中野氏: これに関連して、「ヘルプデスクはビジネス部門との重要なタッチポイントであるものの、情シス部内でも価値の低い仕事と見なされやすく、正社員でのヘルプデスクの成り手は少なく、会社からも派遣や業務委託中心の人員で組織を構成するよう求められることも多いです。これからのヘルプデスクは正社員のキャリアの選択肢となり得るのか。それとも派遣や業務委託を活用した組織にすべきなのでしょうか」という質問もいただいています。


柏崎氏: 弊社もヘルプデスク業務は外注していますから、派遣や業務委託中心の組織体制が決して間違いとは思いません。ただし、遠隔操作サポートのようにアウトプットの価値が低い仕事ばかりやっていては、やはり周囲からは価値の低い仕事だと見なされてしまいます。


 そうではなく、ITを使いこなしている人たちを支援して価値の高いアウトプットを出す「プロダクティビティコーチング」のような取り組みを、正社員が中心となって行う組織体制が作ることができれば、自ずと周囲からの評価も変わってくるのではないでしょうか。

ServiceNowの「無駄なワークフロー」をPendoを使って洗い出す

中野氏: 「将来的にPendoの中にChatGPT的なもの(生成AI)が入れば、ヘルプデスク要員でなくともユーザーへの個別最適な回答が可能になりそうですか?」という質問もいただいています。このあたり、大山さんはどうお考えですか?


大山氏: 生成AIの活用に関しては、Pendoに限らず現在、どのSaaSベンダーさんも研究を進めているところだと思います。Pendoに関していえば、例えばユーザーから取得したアンケートのテキストデータを分析して、その中から要点を抽出してまとめるような機能が実現できるのではないかと考えており、現在、技術検証を行っているところです。

中野氏: マニュアルの内容や社内の各種情報をChatGPTに学習させて、ユーザーからの問い合わせに自動的に回答するような仕組みは恐らく近い将来実用化されるでしょうし、マニュアル作成作業のかなりの部分も生成AIで自動化されそうですね。


大山氏: そうですね。ただし、単にデータを集めて、後はAIに任せておけば何かいいことが起きるだろう、という期待は裏切られるでしょう。やはり「自社で何のために、どうやってPendoを使いたいのか」という仮説がないと、いくらツールを導入しても効果は得られません。そしてその仮説を設定する作業は、やはりAIではなく人間が行う必要があります。


中野氏: 次の質問に移ります。「ここまでデータドリブンでITの利用状況を把握されていることに驚愕しました。鳴り物入りで導入した機能や施策が、実は効果がなかったと判明した経験はありますか?」というものですが、柏崎さんいかがでしょうか?


柏崎氏: 今回のBox導入に関していえば、効果はてきめんでした。PendoはまだBoxにしか適用していないので、現時点では効果がなかったと判明した経験は「ない」というのが回答になります。一方、弊社は現在ServiceNowを使ってワークフローを構築しており、ここに対してもPendoを適用して利用状況を可視化することで、「使われない無駄なワークフロー」を洗い出すことができるのでないかと検討を進めているところです。

「データを基に動けるIT組織」を実現するために

中野氏: 「IT製品の導入を上申する際、費用対効果をきちんと算出して説得するやり方と、『あの柏崎さんが言うのだから間違いないだろう』と、個人の信用力で話を通すやり方の2パターンがあるかと思います。今回のPendo導入はどちらのパターンだったのでしょうか?」という質問も寄せられています。


柏崎氏: 後者の判断軸もあったのかもしれませんが、前者の費用対効果に関して言えば、Pendoのコストパフォーマンスが極めて優れていたので、コストがほとんど問題にならなかったというのが実際のところでした。


 弊社のBoxユーザーの数は9000人を超えているので、それだけでライセンス料は億単位になります。それに比べればPendoのライセンス料は安価ですから、「この程度の金額でBoxの利用を促進できるのであれば、やらない手はない」という判断に自然と行き着きました。

 加えてBoxの利用促進だけでなく、Pendoを導入することで「データを基に施策を考えられるIT組織」を実現できるという点も、導入の大きな決め手の1つになりました。


 ITの導入効果を測る手段として、よくユーザーアンケートが用いられますが、あれも結局はITに不満を持っているユーザーが「遠隔操作してくれ!」と文句を書き立てるだけのものなので、個人的には当てにならないと考えています。


 しかしPendoのような仕組みを使えば「客観的なデータを基に動けるIT」をあまりコストを掛けずに実現できますから、経営陣にとってもその導入メリットは理解しやすかったのではないかと思います。


中野氏: 先ほどから仮説を立てることの重要性が何度か話題に上っていますが、「業務現場や経営陣がなかなか業務仮説を考えてくれないのですが、どうしたらいいでしょうか」という質問も来ています。


柏崎氏: 実は探せば、自ら仮説を立てて課題を設定して、それをITで解決しようとしている人たちは社内に少なからずいるはずです。でも、そういう人たちはヘルプデスクの助けがなくても自ら動けるので、IT側からその存在が見えていないんですね。


 かといって全社に向けて「使いこなしたい人を募集します」と一斉にアナウンスしても、それに応えてくるのはむしろITに否定的な職人肌のベテラン社員だったりします。ITが本当にアプローチしたいのは、決してそういう人ではないですよね。


 そこでデータを基にITの利用状況を把握できれば、本当にアプローチしたい先進ユーザーを見付けることができます。そういう人たちと直接会話することで業務の仮説や課題、そしてそれらを解決するためのツールの使いこなし方について学ぶことができるようになるわけです。

執筆

吉村哲樹記事一覧

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。

イベント企画

後藤祥子記事一覧

ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

関連記事

関連リンク

東急不動産ホールディングス
Pendo