グローバル規模の人事制度とシステムの統合、プロジェクトの過程で何が起こったか──東京エレクトロンに聞く現場のリアル


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 少子高齢化が進み、ますます人材不足が深刻化している日本企業。人材の育成や適正配置、新たな人材の採用戦略はより一層、重要になってきている。

 そのためには、これまで「経験や勘」、そして属人的な判断や評価に頼ってきた人事施策をシステム化し、データを基にした「オープンかつフラットな人事施策」へと変革していく必要がある。

 しかし、現実はというと、多くの企業が人事施策のデジタル化に着手できていない。いまだ紙やExcelに頼っているほか、システムを導入している企業でもグループ会社や海外拠点ごとにシステムがばらばらで、全社規模で人事データを可視化・分析できる仕組みが整っていない。

こうしたデータの分散と分断を早い時期から問題視し、統合施策を行ってきたのが、世界トップクラスの半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンだ。同社は、海外拠点ごとにばらばらだった人事制度を共通化し、分散していた人事データを統合するためにシステムを刷新した。

 2021年12月9日にエンタープライズ企業向けメディアの「Darsana」(ダルサナ)が実施した「困難な人事マスタ統合、やり遂げた先にはどんな世界があるのか 実践企業に聞く、人事・IT面の効果と課題」と題したイベントでは、東京エレクトロン人事部 HRテクノロジーG サブリーダー 長田浩二氏をお招きし、人事データのグローバル統合の経緯や効果について話を聞いた。

東京エレクトロン株式会社 人事部 HRテクノロジーG サブリーダーの長田浩二氏

グローバルで人事制度を統合するためにWorkdayを採用

 本イベントの冒頭、長田氏は「グローバルの人事データ統合がもたらした効果」と題したプレゼンテーションで、東京エレクトロンが進めてきた人事データの統合とグローバルの人事制度統一のプロセスを紹介した。

 東京エレクトロンは、半導体製造装置メーカーとして世界トップクラスのシェアを持つグローバル企業。売上も全体の約85%を海外が占め、特に半導体メーカーを多く擁する台湾、韓国、中国、米国における売上が多くを占めている。これらの国や地域に多くの拠点を展開する同社では、グローバル企業としての競争力を高め、世界シェアNo.1の獲得を目指すために、2017年に人事制度の抜本改革を断行した。

 従業員の解雇規制が厳しく、終身雇用をベースとする日本の雇用環境とは異なり、人材の流動性が極めて高いアジア各国や米国においては、優秀な人材は常にライバル企業からの引き抜きのターゲットになっている。そのため、優秀な人材を社内に引き留めるためには、グローバル基準を意識した人事制度を採り入れ、フェアな評価とキャリアパスを従業員に提供する必要があった。

 具体的には「グローバル共通の等級制度と評価制度」「単年度業績に加え、中長期的な利益貢献に報いるフェアな処遇」「専門性に優れた人材のキャリアパスを構築」「等級レベルごとの要件を設定、キャリアパスの明確化」「絶対評価と加点主義による人材育成」といった目標を掲げ、グローバル共通の新人事制度の策定に取り組んだ。

 そのためにまず、各国でばらばらに行われていた人事施策を可視化し、人事関連のデータを一元管理できる仕組みを構築する必要がある。長田氏によれば、同社がWorkdayを導入した目的はまさにここにあったという。

 「かつては米国でどのような人事評価が行われているのか、中国でどんな報酬・ボーナス計算がされているのか──といったことは、日本からはあまり分かりませんでした。各国の人事施策を可視化し、グローバルで人事制度を統一するためのプラットフォームとしてWorkdayが必要だったのです」

重視したのは「さまざまな機能が単一のアーキテクチャの下に統一されているか」

 グローバル共通の人事システムを導入するに当たり、いくつかの製品が選定候補に挙がったが、「人事システムのさまざまな機能が、単一のアーキテクチャの下に統一されている点」が評価され、Workdayの導入が決まったという。

 「異動プロセスとタレントマネージメントの機能を、同じプラットフォーム上で運用したい──という要件に応えられる機能とアーキテクチャを備えていました。また、ユーザーインタフェースもすべての機能で統一されており、システム全体の拡張性や柔軟性にも優れていた点も、私たちの目指す人事システム像と合致していました」(長田氏)

 システムの運用がシンプルであった点も、同製品を採用した決め手の1つだった。それまで東京エレクトロンが、国内の人事システムとして使っていた製品は、保守を外部ベンダーに委託していたこともあって、高額の保守費用がかかっていた。そこでこれらのコストを削減するために、「次期システムは自社で運用できるものを採用する」と以前から決めていたという。

 その点Workdayは、レポートやセキュリティ、ビジネスプロセスなどをユーザーが容易に設定できるようになっているため、外部ベンダーに委託することなく自社で運用できると判断した。

 今回の導入については、当時、米国企業との統合話が持ち上がっており、統合先の企業で既に導入していたことも大きかったという。そこで統合後を睨み、自社でもWorkdayを導入しようという気運が高まったものの、この統合案件は結果的に立ち消えとなった。それとともに導入の熱も冷めるかと思われたが、経営トップがWorkdayを評価していたことから、導入が決まった。

2016年以降、国や機能ごとに段階的に導入を推進

 導入プロジェクトは、国や機能ごとにフェイズを分けて段階的に行った。まずは日本とシンガポールに基本機能を導入するプロジェクトを2015年に立ち上げ、設計に3カ月、実装に7カ月をかけた結果、2016年7月に稼働を開始した。

 他の国に関しては、2016年4月1日時点のデータを投入した上で、その後の差分データをEIB(Enterprise Interface Builder)と呼ばれる機能を使って反映させながら、導入プロジェクトを進めた。2017年には中国、韓国、台湾のシステムが稼働開始し、2018年に米国と欧州で本番稼働にこぎ着けたことで、全拠点での本格的な運用がスタートした。

 同社はまた、2016年2月に、これまで社内で行ってきた給与計算業務のアウトソースを開始。これによりWorkday導入のハードルがかなり下がったという。

 「Workdayの導入作業は、もともと使っていた人事システムに実装していた機能をWorkdayに移行するような形で行いました。給与計算機能をアウトソースすることで移行対象を絞り込むことができ、移行の難易度がかなり下がったのです。日本での導入を予定通りにカットオーバーできたのは、この要因がかなり大きかったですね」(長田氏)

 これらと並行して、Workdayの人材評価モジュール「Performance Management」の実装作業も進め、2018年度からの稼働開始にこぎ着けた。続けて、人材教育や研修を担うモジュール「Workday Learning」の実装も進め、2019年度にグローバルで利用を開始した。

 さらに「Advanced Compensation」機能を米国、日本、中国で随時利用し始めるとともに、米国では採用機能「Recruiting」を、欧州では勤怠管理モジュール「Absence Management」を順次使い始めている。

 「今後はスキル管理を『Workday Extend』を使ってグローバルで導入したいと考えているほか、人員計画もWorkdayの『Adaptive Planning』を使って実装する予定です」(長田氏)

新人事制度と新システム導入に伴うさまざまな困難

 人事システム刷新に伴う人事データのグローバル統合には、苦労も伴ったという。特に2016年4月1日以降、本番稼働開始までの間に差分データを毎月投入する作業には多くの手間を要し、「各国の人事部門担当者を説き伏せて、EIBを作ってもらうのは本当に大変だった」と長田氏は当時の苦労を振り返る。

 また、当初は承認プロセスをグローバルで完全に統一する予定だったが、これも当初の思惑通りにはなかなか進まなかった。実際に各国の既存のプロセスを棚卸してみると、それぞれに異なる事情や思惑があり、「日本のプロセスに完全に統一するのは困難」という結論に至った。そのため、最終的にはある程度、国ごとの事情を盛り込んだプロセスに落ち着くことになった。

 組織コードももともとは各国でばらばらだったが、Workdayのグローバル導入に合わせて日本のコストセンターのコード体系に合わせることにした。しかし、これも実際にはさまざまな困難が伴い、最終的にはすべての国の組織コードの統一は断念し、統一できなかった国の組織コードはそのままに、何とか工夫してWorkdayに取り込むことにした。またWorkdayに特有の「監督組織(Supervisory Organization)」という概念を取り込むのも、一定の苦労を伴ったという。

 さらには、欧州のGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)への対応に必要以上に時間を要してしまったことも、想定外だったという。データトランスファーの契約に時間がかかり、なかなか欧州のデータをWorkdayに入れることができなかった。この結果、最終的には欧州での本番稼働開始が当初の予定より遅れてしまった。

新たなシステムの導入をスムーズに進めるための工夫とは

 一方、新人事制度とWorkdayの導入をスムーズに運ぶためにさまざまな工夫も凝らし、そのうちの幾つかの取り組みは、かなり功を奏したという。例えば、各国の人事担当者をそれぞれ1〜2人「プロセスオーナー」として選出し、グローバルで導入プロジェクトを組成したのは、効果があった取り組みの一つだ。

 「各国の人事部門は、当初は『本社の人事部門が、何だか大変なことをやっている』といった受け止め方をする人も多く、日本とは明らかに温度差がありました。

 そこで各国からプロセスオーナーを選出して、ビジネスプロセスの構築やシステムテスト、マニュアル作成などを担当してもらいました。こうして各国の担当者が力を合わせてプロジェクトを進めることで、導入に対するグローバルの理解を得られたと思います」(長田氏)

 また、導入プロジェクトを通じてWorkdayのスキルを身に付けたプロセスオーナーたちが、カットオーバー後もそれぞれの国でローカルサポートを行ってくれたことで、本社の人事部門に掛かる負担もかなり軽減できた。また、月1回「Workday会議」と呼ばれる会議を定期的に実施し、各国のプロセスオーナーが集まって利用や運用に関する情報を共有することで現場へのスムーズな定着を図っている。

 マニュアルの整備にもかなり力を入れた。「これさえ見れば必ず運用できる」という充実した内容のマニュアルを作成し、5か国語版に翻訳して各拠点に配布した。説明会では、単に現場での利用法や運用法を説明するだけでなく、経営層向けにWorkday導入の「理想と現実」「最終目標と当座の目標」のギャップを理解してもらうための説明会も別途、開催したという。

 「上層部の方々は『Workdayを入れればグローバルのタレントがすべて可視化される!』『すぐにサクセッションプランが実現する!』と過剰な期待を抱きがちです。確かに最終的に目指すゴールはその通りなのですが、第1弾のリリースでは、そのはるか手前のレベルまでしか実現できていませんので、経営層向けの説明会を開いてそのギャップを理解していただき、過剰な期待を持っていただかないよう配慮しました」(長田氏)

データを基に人事施策を決定する「データドリブンHR」の実現を目指して

 こうしてグローバルで共通の人事制度を導入し、そのプラットフォームとしてWorkdayを導入してグローバル共通の人事データベースを構築したことで、それまで各国でばらばらに行われてきた人事施策が標準化され、その内容も可視化された。これにより、東京エレクトロンの人事部門における目標「One HR」の実現に向け大きく前進したと長田氏は述べる。

 「全世界の人事部門が1つになって東京エレクトロン共通の目標に向かって進むために、『One HR』を合言葉に、新人事制度と新人事システムの導入をグローバルで進めてきました。Workdayの導入から5年が経ち、その間にOne HRとして人事制度に適宜改善を加えながら、より良いものになってきているという実感があります」(長田氏)

 そして同社は、次のステップである「人事データの活用」を進めている。まずは、5年の間にWorkdayに蓄積してきたデータをさまざまな切り口から集計し、レポートやダッシュボードの形で可視化する取り組みをスタートした。

 例えば「人事基本情報ダッシュボード」と呼ばれるWorkdayのダッシュボード画面では、社員数を「国別」「年齢層別」「等級別」などさまざまな切り口から可視化できるようにしている。

 このように、統合人事データベースに蓄積したデータを基に、人事課題の要因を分析することで、今後はより高度な人事データの活用にチャレンジしていきたいと長田氏は抱負を述べる。

 「これまで経験と勘に頼ってきた人事施策を、データを基に意思決定を行う『データドリブンHR』へと変革していきたいと考えています。そのためのデータ統合をようやく実現できましたから、今後は蓄積されてきたデータを使ってデータドリブンHRを目指すステップへと歩を進めていきたいと考えています」(長田氏)

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