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2020年1月27日、株式会社AnityA(以下、AnityA)主催のオンラインイベント「IT部門を悩ませる『人事マスター不在』問題、『IT部門と人事部門はどう連携し解決すべきか』を考える」が開催された。
人事とITの間を橋渡しして、デジタル技術の活用で「より経営に貢献できる人事施策の実現」を目指す「HRIS(Human Resource Information System:人事情報システム)」の考え方が、昨今、注目を集めている。
本イベントでは、このHRISをメインテーマに、多くの企業の人事部門が頭を悩ます「人事マスターの不在」「人事データの分散・分断」といった問題が企業経営にもたらす弊害や、それを是正するための具体的な施策、さらには実際の取り組みなどが紹介された。
本稿では、前半に行われたSansan株式会社(以下、Sansan) CIO 本山祐希氏による事例紹介セッションと、同イベントのモデレータを務めたAnityA 代表取締役 中野仁氏によるプレゼンテーションの模様を紹介する。
必要な人材データがすぐ出てこない──現場の負荷軽減を目指し、人事マスタ統一へ
本イベントの冒頭では、Sansan株式会社(以下、Sansan)でCIOを務める本山祐希氏が登壇し、「HR×IT SansanのHRIS」と題したプレゼンテーションで、同社が現在進めているHRISの取り組みを紹介した。
Sansanは法人向け名刺管理サービス「Sansan」、そして個人向け名刺アプリ「Eight」で広く知られるWebサービス企業。Sansanはビジネスパーソンの間で広く使われており、またテレビCMを中心とした広告も積極的に打っていることから、同社のことを「名刺の会社」と認識している方も多いことだろう。
そんな同社は近年、名刺以外のソリューション領域にも積極的に進出しており、クラウド請求書受領サービス「Bill One」や、イベント関連業務のデジタル化を支援する「イベントテック事業」などの新規事業にも取り組んでいる。
本山氏によれば、こうした新たな事業展開に伴い、同社内でさまざまな課題が持ち上がってきていたという。
「事業が増えれば、その分だけ社員も増えることになりますし、関連会社の数も増えてきます。弊社はこれまでも、たびたびそうした変化を乗り越えてきましたが、今後はこれまで以上に大きな変化の波にさらされることになります。この変化に対応していくためには、人事とIT、それぞれの部門において克服すべき課題が山積していました」(本山氏)
これまで同社の人事部門では、給与管理や勤怠管理、評価管理、社員マスタ管理といったそれぞれの業務ごとに、個別にシステムを導入してきた。その結果、業務ごとにばらばらなシステムが数多く林立することになり、人事関連データもこれらのシステムごとにばらばらに散在することになったという。その結果、「欲しいデータがどこにあるか分からない」「そもそもそのデータが存在するかどうかすら分からない」といった状況に陥っていた。
また、業務ごとにシステムがばらばらに分断されていたため、業務プロセス全体に渡ってデータを統合的に管理する仕組みも存在しなかった。こうして業務プロセスとデータが乖離してしまった結果、「業務をいくら回しても有用なデータが蓄積されない」「データを使って業務を客観的に評価できない」という課題も抱えていた。そのため自ずと過去の経験や勘、直観に頼った属人的な意思決定を行わざるを得ず、その結果を事後に振り返って定量的に評価するのも困難だった。
一方、IT部門にとっても、マスタデータが不在の状態ではシステムによる業務の自動化/効率化もままならない。システムが分断されているため、それぞれで生成されるトランザクションデータの活用もなかなか進まない、という課題を抱えていた。「このような状態だったので、なかなか人事部門の業務効率化を進めることができず、業務負荷が肥大化していました。また、人事情報は経営戦略を立てる上で極めて重要であるにも関わらず、正確なデータをタイムリーに集められなかったため、経営のニーズにも応えられていませんでした。
これらの課題を何とかしなければいけない──と、以前から考えていたところ、ちょうどほかの大規模システム構築プロジェクトがひと段落し、社内のITリソースに空きができたため、このタイミングで思い切って人事マスタの整備に乗り出すことにしました」(本山氏)
人事マスタ統合でレポートによるデータ利用が加速
Sansanは、人事部門が抱えていた「データの分散」「プロセスとデータの乖離」「属人化された意思決定」「マスタデータの不在」「トランザクションデータの散在」といった課題の解決策として、「単一プラットフォーム上でさまざまな人事業務に対応する機能を統合し、それらの機能が生成し、利用するデータも単一のデータベース上で統合管理する」方法を選び、まずは適切な人事・組織の情報を確定させることを目指した。
そのプラットフォームとして米Workdayが開発・提供するクラウド型の人事管理ソリューション「Workday HCM(以下、Workday)」を採用し、それまで別のパッケージ製品で実現していた社員マスタ管理とデータ分析・ダッシュボードの機能をリプレースすることにした。
Workdayに一見、類似する人事管理ソリューションはほかにも存在するが、そんな中で同社がWorkdayを選んだ理由について本山氏は、次のように話す。
「今回のプロジェクトを通じて、人事の業務内容は実に多岐に渡ることが分かりました。Workdayは、これらの業務の全てに渡ってマスタデータで軸を通すことができる点、また、こうした仕組みを通じて業務プロセスをまわす中で、データの品質を上げていくことができる点が、弊社の課題を解決する上で重要だと考えました」(本山氏)
こうしてWorkdayを導入した結果、同社が当初抱えていた課題、特にマスタデータ統合にまつわる問題解決の道筋が見えてきたという。
「弊社の大きな課題であった『データの分散』『プロセスとデータの乖離』『マスタデータの不在』『プトランザクションデータの散在』は、Workdayの統合マスタに人事データを統合することで、かなり解決に近づきました」(本山氏)
今後もSansanでは、継続的に人事情報をマスタに蓄積し、適切なメンテナンスを行うことで人事情報をタイムリーに経営判断に生かしたり、過去の人事情報を振り返ることで業務改善を図ったりする取り組みを継続的に行う計画だ。
また、同社では今後、Workdayのアンケート/サーベイ機能を使い、社内の声を適宜拾い上げて従業員のエンゲージメントを高める取り組みや、ダッシュボード機能を使って人事の基本的な情報を可視化し、利用できるような仕組み作りに着手したいと言う。
このような形でHRISの取り組みを進めたSansanだが、課題も残っていると本山氏は述べる。
「Workdayは単一のデータベースで広範囲の機能をカバーするため、そのデータ構造はかなり複雑で重厚長大です。これをきちんと理解して使いこなせるようになるには、やはりある程度の学習コストが必要になります。
また、海外ベンダーの製品なので、勤怠管理など日本特有のニーズにはマッチしにくい面もあり、独自の工夫が必要な場合もあります。さらにプロセスによっては、Workday上でのやりとりのみではスピード感に欠ける面もあるので、そういうケースでは、ほかのツールを併用してカバーしています」(本山氏)
今後は「人事業務とほかのシステムとのデータ統合」を目指す
なお、同社は、最初の導入プロジェクトからまだ間もなく、その活用範囲は限定的だという。まずはHRISの大前提となる人事マスタ統合とデータ活用の仕組みに手を付けたが、今後はさらに、ほかの機能の活用も積極的に進めるとともに、扱うデータの種類もさらに増やしていく予定だという。
また、ほかのシステムとの連携も積極的に進めていく方針だ。人事領域以外の財務システムや営業システムなどと連携させることで、全社的なデータ利用への道筋を付けていきたいと本山氏は抱負を述べる。
「個々のシステムをピンポイントでつなげていくというよりは、別途データ連携製品を導入して抽象度の高いデータ連携レイヤーを設けて、社内のさまざまな分野の業務システムの間で効率的にデータ連携を進めていきたいと考えています」
ゆくゆくは、人事周りのシステムやデータについては、Workdayに寄せられるものは無理のない形で集約しつつ、引き続きデータを整備する計画だ。そして、人事・組織関連の情報を周辺システムと連携させていくようなシステム構成を目指すという。こうした仕組み作りを今後進めるに当たっては、組織・体制作りが重要になってくると本山氏は強調する。
「人事部門は単にバックオフィス業務だけを担う部門ではなく、事業成長や事業目標達成のための人事施策を一手に担うプロフェッショナル集団であるべきだと考えています。こうしたミッションを遂行すべく、現在弊社では会社の将来を見通すための『戦略人事』や、社員の今を知るための『Employee Success』といった組織を設けています」
一方、IT部門は、こうした人事部門のニーズに応えるべく、「データ統合をさらに加速させていく必要がある」と同氏は述べる。
モノや金を扱う場合と比べ、“人”に関する施策はどうしても定量化・数値化しづらく、よってつかみどころがない話に終始しがちだ。しかし人事データを統合してその活用を進めることで、「人に関する施策を『手触りのあるもの』にしていくことがIT部門に課せられたミッションだ」と本山氏は力説する。
こうしたHRISの取り組みを促進するためには、やはり人事部門とIT部門との間の密接な連携が欠かせないと同氏は言う。
「今回の人事マスター統合プロジェクトは、人事部門とIT部門が密接に連携しながら進めましたが、ここで大きな手応えが得られたので、今後も両部門の共同作業でHRIISを進めていければと考えています。
さらには財務や総務など、ほかのコーポレート部門も、互いの業務が密接に連携しており影響を与え合う関係にありますから、今後はそうした部門とも連携しながら全社最適の観点でシステムに向き合っていければと考えています」(本山氏)
企業を悩ませる「データの分散」と「プロセスの分断」
続いて、本イベントのモデレータを務めたAnityA 代表取締役の中野仁が登壇し、これまで手掛けてきた人事システム構築プロジェクトの経験を踏まえて、多くの企業が人事領域で抱える課題と、それをHRISで解決できる可能性について語った。
同氏はかつてWebサービス企業において、情報システム部門の現場責任者として主にコーポレート業務に関わるシステム刷新に関わり、現在はコンサルタントとしても企業のシステム構築プロジェクトを支援している。
そんな同氏が、これまでの自身の経験を踏まえ、今日のエンタープライズシステムが抱える最大の課題だと考えているのが、やはり「データの分散」と「プロセスの分断」だという。
「ここ1年の間で、さまざまな企業の業務システムの実態を目の当たりにしてきましたが、どこも共通する課題を抱えていることに気付きました。業務ごとにばらばらにシステムを構築した結果、それぞれで社員・組織マスタが存在していて、一体どれが正なのか分からなくなっているケースが散見されます。その結果、組織変更があるたびに、これら全てのマスタを一つひとつ手作業で修正しなくてはならず、膨大な工数を費やしています」(中野)
このようにデータが組織内で分散してしまうと、いざ、データを基に現状を分析して意思決定を行おうと思っても、「どれが正しいデータなのか」容易に判別できず、データを集める作業自体に膨大な手間や時間を費やしてしまう。
さらに、異なるシステムからデータを集めて集計する作業を、いわゆる「Excel職人」が手作業で行うため、どうしても集計ミスが入り込みやすく、結果的に不正確なデータを基に現状把握することになってしまう。当然のことながら、そこから導き出される意思決定も解像度が低いものにならざるを得ない。
また、プロセスが分断されていると、異なる業務間、異なる組織間のプロセス連携がままならず、結果的に「システムの切れ目が組織の切れ目」という状態になってしまう。
どの組織も、ひたすら「自分たちの業務に最適化したプロセスを、いかにスムーズに回すか」を追い求めるようになり、ほかの部門の状況にだんだん関心を寄せなくなってくる。最終的には、現場の人間は誰も会社全体の状況を把握しようとせず、いざ経営陣が会社の経営状況を把握しようと思っても、分断したシステムにいちいちアクセスしては情報を個別に引っ張って来るはめになる。
当然のことながら、このような状況下では、正確かつ迅速な意思決定など到底望むべくもない。
人事業務のサイロ化をHRISでいかに打破するか
人事部門だけに限ってみても、こうした傾向は顕著に見られるという。
「人材管理や採用管理、労務管理など、個別業務ごとに部分最適のシステムをばらばらに導入した結果、人事部門の中だけでもデータ分散とプロセス分断が発生してしまっているケースが実に多く見られます。これがグローバル企業になると、さらに本社と海外拠点との間でプロセスの分断が発生し、全社レベルの人事情報の把握はさらに困難になってきます」
人材管理業務では、正社員の育成や評価に関するデータの管理だけに終始し、同じく採用管理業務でも正社員の採用に関するデータだけを集めることに終始した結果、人事部門が業務委託や派遣社員なども含めた「自社の人的リソースの全体像」を把握できないという事態も起こり得る。事実、「自分たちの会社で一体、“何人の従業員が働いているのか”を、誰も把握していない」という状況は決して珍しくない。
「自社の人的リソースを最大限活用すること」が人事部門のミッションならば、「自社の人的リソースの全体像が分からない状態」を放置すると、「本来の人事のミッション」から外れることになってしまう。
さらに、人事業務のプロセスが分断されると、プロセスのシステム化を組織ごとに局所的に行うようになり、「プロセスの属人化」の問題が起こりやすくなる。例えば、いわゆる「Excel職人」と呼ばれる社員が一人で作ったワークシートを使って給与計算を行うようなプロセスが、そのままになっているケースも珍しくない。
こうしたケースでは、ある日突然、その社員が異動や退職でいなくなると、途端に給与計算業務のようなオペレーションに影響がでてしまうこともありうる。また、こうしたプロセスの属人化は不正の温床ともなり、ガバナンスの面でも大きなリスクをはらんでいる。
「こうして各業務、各組織に最適化した仕組みの中に安住してプロセス全体を顧みない状況のことを、狭い箱の中に身体を潜り込ませて安心する猫の姿に例えて『箱ニャン現象』と呼んでいます。
こうした状況下では、各システム間のデータ連携を手作業に頼るしかないため、なかなか業務の生産性が上がらず、また将来の事業拡張や海外展開を見据えたスケーラビリティも確保できません。経営判断に必要な情報もタイムリーに取得できないため、経営の足を引っ張ることにもなります。こうした一連の課題を解決するために、人事とITをつなぐ存在としての『HRIS』が必要になるのだと思います。
システムを導入するだけでは機能しない、現場からの業務改善だけではサイロ化が免れない。人事の視点を持ちながら、ITを使って人事業務を洗練させていく存在が必要ではないかと思います」(中野)