MIXIの情報システム部門は、ビジネスの急成長にどのように対応してきたのか


 あの企業のITシステムはどんな思想や方針のもとで設計されているのか? どんなリーダーがどのような運用体制のもとマネジメントをしているのか? 2023年12月11日、IT部門の人ならだれもが気になるIT施策の具体的な話を、話題の企業にプレゼンテーションしてもらうイベントが開催された。


 自社のコーポレートIT施策を発表したのは、国産SNSサービスの草分け的存在であり、今なお数多くのユーザーを抱える「mixi」。その運営元である株式会社MIXIは、mixiの運営のほかに、現在では大ヒットスマホゲーム「モンスターストライク」の開発・運営元としても広く知られている。


 モンスターストライクは今や誰もが知る大ヒットゲームとして膨大な数のユーザーを獲得しており、のべユーザー数は6000万人超、累計売上高は1兆円を超える。この大ヒットコンテンツが生まれたことで同社の規模は急速に拡大し、それに伴いコーポレートITの仕事の内容や体制も短期間のうちにがらりと様変わりしたという。


 本イベントでは、急成長を遂げたMIXIを支えてきたコーポレートIT部門の歴史や役割、システム環境、ITアーキテクチャ運用体制に至るまでを、同社 はたらく環境推進本部 コーポレートエンジニアリング部 部長 加藤徳英氏と、同部 マネージャー 秋元佑一郎氏に紹介してもらった。

左からMIXIの秋元佑一郎氏、加藤徳英氏、AnityAの中野仁氏

事業の急拡大に伴い新オフィスに移転

 mixiとモンスターストライクの運営元として知られMIXIだが、同社はそのほかにもさまざまな領域の事業を手掛けており、現在では「ライフスタイル事業」「デジタルエンターテイメント事業」「スポーツ事業」「投資事業」の4つの事業領域において多様なビジネスを展開している。


 ライフスタイル事業においては、おなじみのSNSサービス「mixi」のほかにも、美容サロンスタッフの予約サービス「minimo」や、子どもの写真・動画共有アプリ「家族アルバム みてね」などを展開する。またデジタルエンターテイメント事業としては、おなじみのモンスターストライクのほか複数のゲームタイトルを手掛けている。

 さらにスポーツ事業分野においては、プロバスケットリーグ「Bリーグ」に所属する「千葉ジェッツふなばし」やJリーグクラブ「FC東京」のスポンサードで知られるほか、競馬や競輪に関するさまざまなサービスやメディアを運営する。


 なお同社は2020年に渋谷スクランブルスクエアに新オフィスを構え、それまで複数のオフィスに散らばって働いていた社員を一堂に集めている。このオフィス移転の背景について、加藤氏は次のように話す。


 「2013年にモンスターストライクをローンチして以降、急激に社員数が増えた結果、幾度にも渡ってオフィスの増設を繰り返してきました。2015年と2016年にサテライトオフィスを構築し、2017年には旧本社オフィスも増床したのですがなお社員数が増え続けたため、2019年には3回目のサテライトオフィス構築を行いました。


 その結果、社員が離れ離れの場所で働くようになってしまったため、再び全員を一カ所に集結するために2020年にオフィス移転に踏み切りました」

 この新オフィスは社員の働きやすさを最大限考慮し、社員同士が交流できるスペースを各所に設けたり、各執務エリアに食事がとれるスペースを用意するなど、設計やデザインにはさまざまな工夫を凝らしたという。


 オフィス移転が完了した直後にコロナ禍が発生し、リモートワークを導入したことから一時はオフィスに出勤する社員の数は減ったものの、当初からリモートワークとオフィス出勤のハイブリッドワーク体制を敷いていたこともあり、比較的早期にオフィスに社員が戻ってきたという。


 「現在では約7、8割の社員がオフィスに出勤していますが、新たに食堂設備を充実させたことがオフィスに戻ってくる大きな動機になっていると感じます。やはりおいしい食事がとれるというのは、オフィスのファシリティを考える上でとても重要なポイントだったのだと思います」(加藤氏)

ツール選定やグループ会社のIT統制はケースバイケースで柔軟に

 そんな同社のコーポレートIT業務を担っているのが、「はたらく環境推進本部」と呼ばれる部署。この配下にある「コーポレートITサービス部」「コーポレートエンジニアンリグ部」という2つの部門がコーポレートITの機能を担っており、前者がITヘルプデスクやIT関連の購買・資産管理、インフラ構築・運用といったいわゆる「情シス」の役割を担当し、後者がDXやセキュリティ、IT統制といったデジタル施策関連の業務を担当する。


 かつては単一の部署でこの両機能を担っていたが、2023年10月から別々の部門に分かれ、現在は社員23人、派遣・委託31人の計54体制でコーポレートIT業務にあたっている。ユーザーから寄せられる相談数は、オンライン経由のものだけで年間5000以上、管理対象のデバイスはPCが6000台以上、内線用iPhoneが1500台以上、固定電話の設置数も400以上に上る。

 社内で使われている管理系ツールは26種類以上に上り、部署ごとに異なるツールを利用しているケースも多いという。例えば全社レベルのコミュニケーションツールとしてはSlackを標準ツールと定めているが、Web会議ツールとしてはGoogle Meetを標準ツールとしながらもZoomを利用している部署もある。またグループウェアはMIXI本社はGoogleWorkspaceを標準ツールとし、グループ会社についてはMicrosoft 365を利用しているケースもある。


 こうしたツール選定のポリシーについて、加藤氏は「まず『あのツールがないからできない』という言い訳を許さないよう、ツールの整備には力を入れています。また多種多様な事業を手掛けているため、すべての部署で同じツールに無理やり統一するのはどうしても無理があります。そのため全体最適の視点だけではなく、局所最適もある程度認めています。その上で、事業部をまたいで全社統一することに価値があるツールや、集約メリットが大きいものに関してはコーポレートIT部門で標準化するようにしています」と説明する。


 同社は数多くのグループ会社を抱えており、そうした会社に対するITガバナンスに関してもケースバイケースで柔軟に対応しているという。例えば本社の業務に携わっているグループ会社に関しては、端末の管理やコミュニケーションツールの導入・運用、データの管理に至るまでをすべて本社のコーポレートIT部門が集中管理する。その一方で、本社の業務とはかかわりが薄い会社に関しては各社独自の方針を認め、コーポレートIT部門はその支援に徹する。


 また中には「千葉ジェッツふなばし」のように、本社のプロダクトとの関与度合い等によるパターン化を行い、運用の巻き取りや支援の範囲を定めている会社も存在する。

現場が主体的に動く「ボトムアップ型組織」の強みと弱点

 「はたらく環境推進本部」というユニークな名称は、2014年にその源となった部署「はたらく環境課」が社長直轄組織として設立されたときに命名された。加藤氏は当時を次のように振り返る。


 「2013年にローンチしたモンスターストライクが大ヒットし、会社の状況が急激に変わっていく中で、社員の働く環境を整備するための専任組織が必要だということになりました。そこで社長も交えて話し合った結果、お役所仕事的に統制を掛けるのではなく、社員のパフォーマンス向上に貢献するための組織という意味を込めて『はたらく環境課』と自称し始めたのがきっかけでした」


 当初は8人体制でスタートし、仕事内容も社内ITの整備に特化していたが、翌年には総務・庶務部門と労務部門が合流して社員13名+アルバイトの体制に移行。この頃からセキュリティ対策の強化にも積極的に取り組むようになった。2016年以降は経営推進本部の配下に移り、急激な人員増に対応すべくサテライトオフィスを新設したり、事業譲渡やM&Aの業務も手掛けるようになる。


 2020年には先述の新オフィス移転を実施するとともに、その直後に発生したコロナ過への対応や各種の社内システムの整備などを行った。そして2023年10月、既に述べたようにコーポレートIT組織を運用部門とエンジニアリング部門の2つに分けた。


 「それまではひたすら会社規模の拡大への対応に追われ、運用業務だけで手一杯になってしまっていたため、どうしても業務改善やDXの施策が疎かになりがちでした。そこでエンジニアリング専任の組織として、新たにコーポレートエンジニアリング部を設けることにしました」(加藤氏)

 このように、これまではどちらかというと新たな施策よりは運用の仕事が主体で、かつトップダウンで言われたことをこなすよりは現場で先回りして課題を見付けて解決するボトムアップ型の組織風土を持っているという。


 こうした特徴は、そのまま組織の強みになる半面、運用を“力業”で回してしまう習慣がついているため「自動化や省力化の意識が希薄になりがち」というデメリットにも転じやすい。またボトムアップ型の組織は、ときに「ERP導入」「全社システム統合」などのトップダウン施策が疎かになりやすいという弱点も併せ持つ。


 セキュリティ対策に関しても、これまでは自分たちで考えて動いてきたため、現場の事情に即した対策を講じやすいという強みがあった半面、「現場への影響に配慮して妥協しがち」「大きな方針転換を打ち出しづらい」という弱点も抱えていた。今後はこうしたネガティブ面を克服しつつ、コーポレートIT部門の価値をさらに高めていきたいと加藤氏は抱負を述べる。

 「自分たちで考えて行動し、その結果社内から高い信頼を得られるようになりましたが、そうであればこそ独りよがりにならず、自分たちの価値について絶えず内省し続けることが重要です。また基本的には統制でがんじがらめにするのではなく、事業部門の自主性を重んじる方針を打ち出しているのですが、それが行き過ぎると大きな怪我につながる危険性もあるので、最低限のガードレールの役割は果たさなくてはなりません。そして最終的には事業も人も、『ゆりかごから墓場まで』寄り添い続けるのが私たちのミッションだと考えています」

運用偏重の組織風土を変えるべくエンジニアリング機能を分離

 続いて登壇した秋元氏は、同社のコーポレートIT部門の現状について次のように説明する。


 「社内インフラや全社共通のITツールの運用については、それなりのクオリティでできていると自負しています。また、実際の作業も決して部署任せにせず、積極的に自分たちで巻き取っていますし、本社移転やコロナ過、M&Aなどの対応実績もあることから、会社からも信頼してもらえていると思います」


 社内サーベイでもヘルプデスクやオフィス環境など、社内環境面での満足度も比較的高く、これまでの取り組みは従業員からも高く評価されていることを実感していると同氏は話す。ただし、まだまだカバーしきれていない業務領域も数多く残っているとも同氏は指摘する。

 現状ではヘルプデスク、IT資産管理、セキュリティ対策、インフラ管理といった運用関連の業務はしっかりカバーできているものの、人事システムやERPの構築・運用といった全社規模の取り組みについてはまだまだ弱い部分があるという。また各業務現場で利用するSaaSアプリケーションの企画や導入、運用についても、現時点では現場任せにしている部分が大きく、ここについても今後はコーポレートIT部門の関与を強めていきたいとしている。


 さらには、全社のIT戦略の検討・立案やシステム企画といった、より戦略的で付加価値の高い仕事にも今後は積極的に関わっていく。2023年10月に行った組織変更は、まさにそのためのものだったと秋元氏は話す。


 「これまでは運用保守の仕事をメインにしつつ、その片手間でさまざまなIT施策やポリシー設計などを行ってきましたが、日々の運用対応に加えて次々と差し込みの依頼が舞い込んできて、それらをこなすだけで手一杯になっていました。そのため運用保守を行う部門と企画設計を中心に行う部門を分け、後者では一定業務の色付けをした上でDX施策の企画や推進、セキュリティポリシーの策定、SaaSツールの導入などを専門に手掛けることにしました」


 こうして生まれたのが、運用保守を手掛けるコーポレートITサービス部と、企画設計を行うコーポレートエンジニアンリグ部だ。コーポレートエンジニアリング部の部長は加藤氏が務め、その配下にある「DXグループ」のマネージャーを秋元氏が務めている。

これから進めていきたい4つの施策と乗り越えるべき課題

 この新体制の下で今後、進めていきたい施策として、秋元氏は以下の4点を挙げる。

・SOCの組織化

 セキュリティ運用の中核となるSOC(Security Operation Center)の運営は、現在コーポレートエンジニアリング部が担っているが、現時点ではまだ一時的な組織という位置づけであり、社内にある他のセキュリティ関連部署との棲み分けも曖昧なため、今後社内での位置づけやミッションを明確化し、組織的な継続性を確保していく。

・サプライチェーン協働ポリシー見直し

 全従業員の約4割を占める業務委託のBYODデバイスの管理や、各部署や関連会社が独自に導入したツールのアカウント管理、海外委託先に特有のリスク管理など、これまでどちらかというと現場任せ、関連任せにしていた管理についてもしっかりガバナンスを効かせていく。ただし、「やみくもに統制を掛けるのではなく、あくまでも協働をしやすい環境を目指す」(秋元氏)。

・社内DX(データベース化、システム連携、自動化)

 現時点ではまだ人事情報やアカウント情報のデータベース化が進んでいないため、これを整備するとともにツール連携やシステム連携、業務自動化を推進していく。最終的には、今後の組織運営に必要となる「全社横断で人・モノ・金を可視化、分析できる仕組み」の実現を目指す。

・生成AIへの適応

 現在、注目を集めている生成AIの技術についても積極的に活用を進め、他社に遅れをとることなく事業競争力を維持・強化するとともに、「先進的な企業」というイメージを醸成することで優れた人材を採用しやすくする。

 こうした施策を推進すべく、同社のコーポレートIT部門では現在、業務の在り方をさらに見直しているところだという。例えばこれまでExcelで管理してきた人事・アカウント情報のデータベース化を検討したり、もっぱら手作業に頼ってきた業務をローコードツールで自動化する取り組みを始めるなど、さまざまな業務改善活動を進めている。


 そんな中、目下最大の課題は「人材不足」だと秋元氏は話す。


 「社内DXに対応する人員については、とりまとめや企画・設計ができる人材も、システムを実装する人材もどちらも足りていないのが実情です。そのため現在弊社では、人材を大々的に募集しています。弊社が求める人材のスキル・経歴に合致して、かつ弊社が掲げるバリュー『発明、夢中、誠実』に共感できる方であれば大歓迎ですので、興味のある方はぜひ求人にエントリーしてみてください」

執筆

吉村哲樹記事一覧

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。

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後藤祥子記事一覧

ITmediaエンタープライズの担当編集長を経て独立。現在はエンタープライズITの変革者に伴走するメディア「Darsana」の編集長として、変革者へのインタビュー、イベント企画、コミュニティ運営を手掛けている。ITとビジネスをつなぐ役割を担っているCIO、IT部門長へのインタビュー多数。モットーは、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を発信すること」

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