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なぜ、DXには「越境」と「人材流動」が欠かせないのか

2022.06.01 DX デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー

※本記事は、市谷聡啓氏の著書「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで」(翔泳社刊)の一部を編集し、転載しています。


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●でも、我々は今を生きている


 しかし、あるとき奇妙なことに気づいたのです。

 今、多くの現場や組織が不確実性の高いプロダクト作りや事業開発に挑んでいます。大企業から中小企業まで企業規模を問わず新規事業やプロダクトの立ち上げを、あるいは新しい価値を社会に提案するべくスタートアップする起業を、日々、目の当たりにしています。だからこそ、どのようにして不確実性に適応していくのか、そのすべについて扱う議論やコンテンツが賑わい続けているわけです。

 これは奇妙な状況と言えました。日々、不確実性に向き合い、適応のためのすべを講じ、さまざまな組織・チームとともに挑んでいく。そうした「前線」が確かにありながら、それでいて、マクロ的な観点では確実性の高い衰退へと向かっているというのです。一体、私たちが挑んでいる「不確実性」とは何なのでしょうか。

 この状況を「そうはいっても仕方がない。今までもそうだったのだから」で片付けられるでしょうか。では、今、私たちが日々工夫を凝らし、一歩一歩踏み固めるように手がけている仕事とは何なのか、まるで意味がないことをやっているのか。

 決してそうではないはずです。

 幸か不幸か、私たちの世代はかつて存在したというこの国の「過去の栄光」について知りません。また、「未来の衰退」が今、目の前にあるわけでもありません。私たちは、過去でも未来でもなく、今を生きています。この「今」を昨日よりもより良いものに、また明日につながるものとなるように、持てる力を注いでいく。そうした行為を、過去の栄光と比べて「大したものではない」とおとしめることも、衰退する未来に向かって「意味のないこと」と諦める必要もありません。

 なぜなら、明日という未来が確実にダメになるというならば、今日という今は何をすればよいか、かえってはっきりしてくるからです。昨日という過去からの想定内、延長線を行くのではなく、むしろ明日がわからなくなるように、今日は不確実性を高める選択を取るようにする(※5)。今日の不確実性を高めれば、過去から引っ張ってきただけの明日に比べて、その筋書きは変わることになる(図1-1)(※6)。つまり、ここでいう「不確実性を高める」とは、現在の日本の組織にとっての「可能性を高める」ことにほかならないのです。そして、確実に予測ができる未来ほど変えやすいものはないはずです。


 こう捉えると、今、組織に必要なことも見えてきます。

 それは、繰り返し過去にやってきたことをただ再現することなどではなく、組織にとって不確実性の高い選択をあえて取り入れていくことです。それは、組織のあり方を変えていくことにほかなりません。こうした、いわゆる「組織変革」に踏み出すに際して価値を持つのが「DX」という言葉なのです。

 組織の舵取りを変えていくわけですから、経営からミドル、現場に至るまで、組織としてどこへどのように向かっていくのかという方向感を得る必要があります。そのために、組織の中に立てる共通の旗印として用いるのが「DX」という言葉です。「DX(DigitalTransformation)」のうちの「Transformation」には組織が変化することを前提として置くという意志が込められています。また「DX」の「Digital(を活用する)」というメッセージによって「Transformation」へ向かうための方向性を与えています(※7)。この旗印に全員の視線を集めることで、組織的な動きを取れるようにするのが狙いです。

 ですから、この本はDXに関する内容でありながら、DXの実現をゴールとして置くものではありません。不確実な世界へと踏み込むからこそ、得られる新たな価値。この、顧客やユーザーあるいは社会にとっての「新たな価値とは何か」という問いに向き合う組織が、その探索のために必要な能力を得るべく、変革へと挑むためのジャーニーを描いたものです。経営から現場まで、既存事業から新規事業まで、組織の隅々を例外なく活動領域とする旅になります。

 すなわち、「デジタルトランスフォーメーション(DX)・ジャーニー」の本質とは「越境」にあります。組織内の部署の間をわたっていく越境であり、仕事の中にある境界(役割や職位、職務など)を越え、さらには自社という境界内だけではなく顧客との新たな共創へと踏み出すための越境でもあります。その中心にあるのは、「これまで」という前提・判断から「これから」に向けた、考え方・捉え方への越境です。

 そのためには現場の人たちが取り組む、仕事の前線における越境だけではなく、組織の経営、マネジメント側の越境も必要です。この本を読み進めていくことは、現場活動と組織経営が一致するための方策を得ていくための旅(ジャーニー)そのものです。


●日本のDX、その出発地点


 さて、ジャーニーに出る前に、今日における日本のDX状況を捉えておきましょう。その題材としては、経済産業省が提示している「DXレポート」が俯瞰するには格好の内容と言えます。

 DXレポート(2018年版)(※8)は、「2025年の崖」という言葉を広めることになった有名な文書です。「2025年の崖」とは、既存のITシステムの保全が行き届かず、業務停止などさまざまな問題を引き起こし、経済活動への多大な損失を与える事態を2025年以降、迎えることになる、という予測を指します。

 先に述べたようにDXとは、既存の業務のカイゼンにデジタルを活用しようという狭い目的ではなく、社会や顧客に新たな価値を提示するための挑戦的な探索です。既存の業務を従来どおり行えるよう、ITシステムの保全を目的とした「守りの投資(※9)」に対して、いまだ存在しない価値を創り出す狙いで「攻めの投資」と言われる領域です。

 ところが、こうした攻めの活動よりも、守りのための活動に資金も時間も多大に費やさなければならない、という実態があります。現代の企業が抱える「IT資産のレガシー」問題です。この問題への対処を誤る、あるいは対処がなされないまま進むと、先の2025年には既存ITシステムの保全すらできなくなると言われているのです。

 IT資産のレガシー問題は、その対処のための体制の維持とコストに関するだけではありません。攻めの投資としていかに新たなサービス提供に乗り出したところで、既存ITシステムが企業のデータ利活用を阻む要因となってしまう課題に直面します。

 DXに取り組む企業が競合他社やディスラプター(※10)に対してアドバンテージとなり得るのが、これまでの顧客との関係性や顧客と共有してきた経験そのものであり、具体的にはデータ資産にほかなりません。ところが、顧客やサービス提供に向けて必要なデータを取り出そうにも、既存のITシステムがそうした用途に対応しておらず、適応させようにも相当なコストと期間を要してしまうという状況に立ち往生するということが少なくありません。

 理由として、既存システムを改変しようにも、「システム内部の構造に不明なところが多くその影響範囲の調査、特定に多大な時間を要してしまう」「従前より決まっている、既存の施策や取り組みに対応するのに手一杯で、新たな開発に対応できる体制が存在しない」など、レガシー環境に共通する問題が挙げられます。こうした事態もまた珍しいことではなく、多くの組織で必ずといってよいほど見聞きすることです。なぜ、ITシステムはレガシー化するのでしょうか。

 それは、ただ採用している技術が陳腐化してしまうから、という理由だけではありません。たとえ、技術が一般的に古くなってしまったとしても、ITシステムに対する継続的なマネジメントが適用されていれば「透明性(※11)」は確保できます。内部構造の具体的な説明を残すだけではなく、「なぜ、そのようにしているのか?」という理由と目的を言語化し、あとから関与する者でもわかるようにしておくこと。こうした知識の保全が組織の課題として認識され、運用化できていればシステム自体の透明性を保つことはできます。

 ところが、また厄介な問題が顔を見せることなります。単にシステムに関する知識を保全できていればよいわけではなく、その知識を活用する体制の保全が問題となるのです。長期間にわたる体制を維持するためには、「継承」に関する仕組み化が必要となります。この問題はITシステムに関してだけではなく、専門技術を必要とする領域では広く起きていることです。

 ハードウェアや産業用機器、設備の保守メンテナンスを担う技術者の高齢化によって、業界を問わず人手不足は増す一方です。この問題を抱える企業では「遠隔にいる熟練技術者と現場に臨む若手をデジタルにつなぎ、リモートによる保守支援を行う」といったことがDXテーマの定番となっています。

 こうした体制の保全は現場だけで対応しきれる課題ではありません。最初の運用体制が構築できれば「あとは現場におまかせ」では、人材の流動とともに徐々にすり減っていく体制を現場だけでは維持することができず、現場は日常化した消耗戦を強いられることになります。

 ですから、人材流動性に伴う課題は、組織として取り組む必要があります。

 実にシステムが次の刷新のタイミングを迎えるよりもはるかに速く、技術者のほうが流動していってしまうのです。技術者は自身のキャリアを作っていく上で、獲得できる経験、技術について敏感であり、固定化されることを基本的に避けようとします。構築した直後から技術的な陳腐を始めていくシステム環境と、技術者の志向性は根本的には真逆です。

 ですから、前提として置くのは「体制の固定化」ではなく、「人材は流動する」という事実であり、それを踏まえた事業計画を組み立てておく必要があるのです(※12)。たとえば、事業継続計画(BCP)とは、自然災害や大規模な感染症などに起因した事業継続を危ぶむリスクに対応するための備えですが、こうしたプランニングにシステムの「継承」も織り込む必要性を感じます。そのくらい、システムのレガシー問題は現代における致命的とも言える課題に昇華しています。

 実際、2025年を迎えるまでもなく、基幹システムの運用保守を担う体制が時代とともに貧弱化し、もうあと1名2名の人が辞めてしまったら、立ち行かなくなってしまうというギリギリの状況を目にすることがあります。取り返しのつかない危機の進行は明らかなのですが、経営サイドの感度が欠けている場合、最後のブレーキがどこからも踏まれることもなくあっさりと崩壊へと至りかねません。「ITはよくわからない」という言い訳で現状をそのままとし、事業継続ができないという事実を前にするまで放置するというのでは、あまりにも無策で悲劇的です。

 一方、いにしえより現代に至るまで、事業継承が行われている事例が日本には存在します。20年に一度遷宮を行う伊勢神宮です。20年のタイムボックス(※13)で、そのたびに社殿を新しくし、御神体を遷していく式年遷宮。20年と定めているのも、昔の人の寿命の上でも2回は遷宮を経験することができるため、2度目においては遷宮の技術を継承することに重きを置くことができるという一説があるようです。また、移築を終えた直後から人材の確保と技術伝承に取り掛かり、20年周期を守り続けています。システム構築の周期も、10年継続モノ、20年継続モノと、徐々に式年遷宮に近づいてきているようです。

 知識や技術の継承が重要であるという認識は今に始まったことではもちろんなく、かつてはナレッジマネジメントという概念が盛り上がった頃があります(※14)。ナレッジの収集と蓄積を促すために具体的なツールの導入などが企業で盛んに行われていたのは2000年代前半頃までのことと記憶しています。当時の管理システムはナレッジの収集、管理のすべてを人力で行う必要があり、現場運用していくには相応の負担がかかっていました。当然現場からの評判は悪く、その結果、十分にナレッジが集まることがなく消えていってしまったと推察しています。

 どう考えても組織においてナレッジマネジメントが機能しなくてよいはずがありませんが、「ナレッジマネジメント」という言葉が現代に至って死語になっているとおり、その仕組みが存在せずとも特に問題とはならなかったのです。その背景には日本の雇用のあり方が影響しています。

 かつて、日本は「終身雇用」が前提となっていました。つまり、人材流動性が極めて低く、転職する人のほうが珍しいという時代があったのです。そうした環境では、組織に人が張り付くわけですから、結果的に人を介して知識も組織に残り続けるわけです。もちろん、特定の人に知識が内在化したままですから暗黙知が多く、仕事も属人的です。しかし、人が組織を離れない限り、仕事と知識が属人化しても大きく困ることはないという次第です。このように考えると「終身雇用」という概念はナレッジ戦略の一種とも捉えることができます。

 ですから、人材流動性の高まりによって、終身雇用の前提が崩れて久しい現代においては、別のナレッジ戦略が当然必要となるのです。2025年の崖問題がクローズアップされているとおり、このあたりの課題認識はまだ十分ではなく、組織知をどのようにしてマネージしていくか、その再定義が必要となっています。これまで以上に知識を組織に蓄積すること自体を評価の対象とし、「組織知」を戦略的にマネジメントしていく取り組みが求められています。

 さて、ナレッジマネジメントへの取り組みを見直していく一方で、目の前にはすでにレガシー化したIT資産があり、この扱いをいち早く決めて具体的に手を打っていかなければならない現実があります。既存システムのお守りを従前どおりのあり方でそのまま維持すればするほど、状況には進展なく、技術者への求心力を失い続ける一方です。そうなれば、余計に守りを固めていく他ありません。

 2025年までに予想されるIT人材の引退、既存システムのベンダーサポート終了によるリスクの高まりで、生じうる経済損失は最大12兆円です(※15)。既存ITシステムについて、再構築なのか、部分的に切り出していくのか、あるいは廃棄するのか、その方針を定め、手を打ち始めていなければならないというのが、DXレポートが提示された2018年の警句(対処方針)なのです(図1-2)。

 この警句から2年が経過し、2020年末に再度示されたのがDXレポート2(※16)です。2025年の崖問題という十分揺さぶりのある予言があったにもかかわらず、その後のレポートでは調査対象の企業の実に9割以上がDXにまったく取り組めていないか、部門レベルで散発的な実施に留まっているという状況にあると示されたのです。

 DXレポート1の内容は、ITシステムのレガシー問題に振り切ってしまったため、「DXとはシステムのレガシー対策である」という短絡的なミスリードを引き起こすことになるのではないかという懸念も感じさせるものでした。ところが実際には、2018年より必要性が訴えられてきたDXへの対応がほぼ進展していないという状況なのです。レガシー化の本質とは、ITシステムが負債化することだけではなく、従来の延長の考え方、方法を問い直すこともなく適用し続けること、つまり組織文化のレガシー化にあると言えるのではないでしょうか。



※5. 「不確実性」という言葉にネガティブな印象を持っている人もいるかもしれない。不確実性の高さは取り組む仕事を難しくする。一方で、確実な選択ができないということは相応のリスクと引き換えに、まだ手にしたことがない成果を得られる可能性もあるということだ。

※6. 今日において想定内の選択を続けていっても未来の衰退が不可避であるならば、今日やるべきこととしては昨日とは異なる選択を取るより他ない。昨日とは異なる今日を選ぶならば、その先にある未来もまた変わる可能性があるということ。

※7. 「Digitalは手段だから“DX”では手段ありきになってしまいかねない」というのは警句として身に刻んでおくべきだが、それを踏まえてなおDigitalそのものへの理解を深めていくことを重視したい。今あえて「組織変革」という言葉を掲げるのは、Digitalによって変革の新たな手がかりを得たからに他ならない。ゆえに、Digitalを手段として軽視し組織的学習を回避しようとするのはナンセンスである。

※8. DXレポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~

※9. 企業におけるIT投資の実に80%を占めると言われている。
企業IT動向調査報告書 2017

※10. クラウドやAI、IoTなどの各種デジタルテクノロジーを活用することにより、既存の業界や代表企業、またはビジネスモデル自体を破壊するプレイヤーのこと。後発でありながら、先行者が構築した参入障壁を無効化し、新たな秩序を作っていく。

※11. どういう内容、構造になっているか、またどのような前提や制約を抱えているかを把握するのに多大な時間を費やす必要がない状態のこと。見える化がそうした状態の前提となる。

※12. システムの採用技術を固定化することは、それに携わる技術者の技術の固定化であり、体制に支払うコストは技術固定を求める「代償」という見方もできる。長期的に見れば、システム側も技術者側もより良い未来を描くことができない。戦略的な新陳代謝をシステムにも適用する必要がある。

※13. ある一定の時間間隔のこと。この間隔を固定化し、繰り返していく。

※14. 筆者が企業に就職した2000年代初頭において、すでにナレッジマネジメントのための管理システムの利活用が惰性となり、有名無実化している状況があった。

※15. データ損失やシステムダウンなど、システム障害により発生した損失は2014 年において約5兆円と言われている。
DXレポート〜ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開〜

※16. DXレポート2 中間取りまとめ


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