「誰も幸せにならないシステムを作ってしまうIT部門」の思考プロセス


※本記事は、白川克氏と濵本佳史氏の著書「システムを作らせる技術 エンジニアではないあなたへ」(日本経済新聞出版刊)の一部を編集し、転載しています。

 ゴールデンサークルをご存じだろうか?サイモン・シネックという人が提唱した「卓越したリーダーは物事をこう考え、こう伝えている」という法則みたいなものだ。
※「Simon Sinek TED」 などで検索すると15分程度の動画が出てくる。未見の方は是非。

 組織のリーダーやセールスマンなどが他人に行動を促す必要がある場合、一般的には「What→How」の順番で説明する。例えば……

【What】私たちはパソコンを作っています

【How】そのパソコンは高性能で軽量です

 こんな感じに。

 なぜなら、人はだれでも自分が何をしているのか(What)についてはよく知っていて、そこから説明するのが自然だと感じるからだ。しかしその説明を聞いても、人の心は動かない。

 歴史上の優れたリーダーや企業は一般とは違い、「Why→How→What」の順番で他人を説得する。説得テクニックだけに限らず、本人も実際にこの順番で物事を考える傾向がある。つまり、ゴールデンサークルの中心から外側に向かって考えるのだ。アップルを例にすると……

【Why】私たちは世界を変える、という信念からすべてのことを行っています

【How】世界を変える手段は、美しくデザインされ、シンプルに使える製品です

【What】こうして美しいパソコンが出来上がりました

と考えているし、CMなどの顧客コミュニケーションもこの文脈に沿っている。サイモン・シネックは他にも「I have a dream」演説で有名なマーティン・ルーサー・キングや、他の有力なライバルに打ち勝ったライト兄弟などの例をあげている。

 実は、ITシステムを作る際も全く同じで、「Why→How→What」の順番で考えなければならない。そうしないと何をやりたいかがぼやけてしまうし、うまく説明できないから関係者を巻き込むことはできない。結果として良いシステムは完成しない。

 具体例をあげよう。まずはダメな例から。

【What】このソリューション(例えばRPAと呼ばれる作業自動化ツール)がすごいらしい。我社にも欲しい

【How】このベンダーに作らせよう、ユーザーにこう使わせよう

 こうやって誰も使わないシステムや、使っても効果を発揮しないゴミシステムが日々作られている。

 次に正しい例。

【Why】工場ごとにバラバラな業務を標準化 / 統合し、一つの会社として運営すべきだ

【How】統合後の業務プロセスはこうしたい。ガバナンスはこうあるべき

【What】そのためにはこういうシステムを作ろう。こういう機能が必要となる

 いかがだろうか。順番が違うだけで、ストーリーとしての納得度が全然違う。

 なぜならWhyから語ると、システムを作ることで会社をどうしたいのか?という将来構想(ビジョン)が明確になるからだ。理路整然としているし、イメージを思い浮かべやすく、共感できる。巻き込まれた人もビジョンに向け、自ら考えて行動できるようになる。

 システムづくりには膨大な手間とお金が必要となる。大勢の関係者がいるので、感情的な軋轢やモヤモヤも多く抱えるだろう。大きなプロジェクトの成否に、1人のサラリーマンのキャリアを賭けることにもなる。それにも関わらず、プロジェクトの成功率は低い。

 そういった困難を承知の上で、それでもなおシステム構築プロジェクトにチャレンジするのは、一体なぜか?

 このシンプルな問いに、明快に答えられないようでは、その先はない。どんな機能が欲しいとか、あのパッケージが良さそうだとか、そんなことは全部後回しでいいのだ。

 しかし、スティーブ・ジョブズ以外の多くの人がWhyから考えられないのと同じように、プロジェクトを始める人はどうしてもWhatから考えてしまう。私はプロジェクトの立ち上げ段階で相談にのることが多いので、頻繁に「こんなシステムが欲しいんですよ」「このソリューションを導入したい」というWhatの話を聞く。経営者からWhatを指示されたケースもあるし、相談を持ちかけてくださる本人の鼻息が荒い場合もある。

 不思議なもので、Whatに夢中になるとどうしてもWhyがおざなりになる。取ってつけたようなWhyがパワーポイントの資料に書いてあるのだが、「本当にそれであなたの会社が良くなるのですか?」にきちんと答えられない。

 せっかくプロジェクトリーダーが色々と考えていても、周囲の人々には伝わっておらず「Whatをつくるプロジェクトでしょ?」と受け取られているケースもある。

 そういう状況で「ちょっと立ち止まって、きちんとWhyを考えましょうよ。きちんとプロジェクト全員ですり合わせましょうよ」と声をかけるのが、私たちのような外部からプロジェクトを冷静に見られる人間の大切な役割である。

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