なぜ、「やる気がなくなる働き方改革」ばかりが横行するのか──「脱・名ばかり働き方改革」の進め方


※本記事は沢渡あまね氏の著書「バリューサイクル・マネジメント 新しい時代へアップデートし続ける仕組みの作り方」(技術評論社刊)の一部を編集し、転載しています。

健全な組織のバリューサイクル

マネジメントキーワードが日々生まれては独り歩きする現状

 「私たちの働き方は、本当によくなったのか?」
 「私たちは豊かになったのか?」

 このシンプルな問いに、自信をもって「YES」と答えられる人が日本に果たしてどれだけいるであろうか?

・働き方改革
・ダイバーシティ推進
・女性活躍推進
・エンゲージメント
・ニューノーマル
・アフターコロナ/ウィズコロナ
・ガバナンス/コンプライアンス
・採用強化
・DX
・SDGs
・ワーケーション

 このような企業組織運営に関するキーワード(以降、本書では「マネジメントキーワード」と称する)が日々生まれては、決まって独り歩きする。

 「働き方改革推進室」
 「ダイバーシティ推進室」
 「DX推進部」
 「コンプライアンス推進担当」

 経営トップの号令の下、企業や自治体はこれらの専任部隊を組織し、その実現を目指す。あるいは、経営企画部や社長室のような、社長直轄の特命部隊に丸投げされる。しかしながら、それでうまくいくかというと、そうは問屋が卸さない。

・残業は減ったものの(「減らされた」を含む)、職場の雰囲気が悪くなった
・多様な人材を採用したものの、旧態依然の働き方や同調圧力が足枷となって辞めていく
・業務量は減らず、ストレスが増えた
・複雑怪奇なITツールが次から次に導入され、無駄な仕事が増える一方
・管理のための管理の仕事が増えた
・ガバナンス、コンプライアンスが厳しすぎて息苦しい
・手取りが減って生活が苦しくなった。副業をしないと生活が成り立たない

 このような話は枚挙に暇がない。なんとも切ない話である。

マネジメントキーワードのゴールは「ビジネスモデル変革」

 そもそも、なぜ働き方改革をする必要があるのか? いや、働き方改革にとどまらない。ダイバーシティ推進しかり、女性活躍推進しかり、あるいはDXしかり、これらすべてのマネジメントキーワードはなんのためにあるのだろうか?

 答えは、ビジネスモデルを変革し、組織とそこで働く人たちがより幸せになるためである。ビジネスモデルを変革するとはどういうことか? 高利益を獲得し続けられる仕事のやり方に変えることである。

 より少ない労力で、より大きな利益を生むことができるようにする。

 そうして生まれた時間的な余白や、金銭的な余剰を、組織や社員に還元する。あるいは、さらなる成長に向けて投資する。

 そのような好循環を創って回すことこそが、ビジネスモデル変革であり、働き方改革をはじめとするマネジメントキーワードの最終ゴールである。

 それにもかかわらず、各々のマネジメントキーワードが自己目的化し、推進組織や所管部門が突っ走る(あるいは何もしない)。いつのまにか、ただ単に「働き方改革のための仕事」「ダイバーシティ推進のための仕事」が従来の仕事にオンされて増えることになる。だからうまくいかないのだ。

安泰と思っていると、沈みゆく船の乗客と乗組員になってしまう

 こんなことを言うと、否定的な意見をいただくことがある。

 「いや、当社はインフラ産業ですから安泰です。ビジネスモデル変革なんてする必要はありません」

 「ウチは地域の強い地盤がありますから、人も安定して入ってきますし、辞める人も少ないですよ」

 果たしてそうであろうか? どんなに盤石な業界であっても、ビジネスモデルおよびビジネスモデルを支えるマネジメントの仕方を変化させていかなければ、早晩衰退するだろう。なぜなら、我々を取り巻くビジネス環境、人材マーケット、テクノロジーや法制度、自然環境や社会環境は著しく変化しているからである。

 しかし、組織が強大であればあるほど、ひいてはそのビジネスモデルが「一見」安泰であればあるほど、経営者も中間管理職も、ひいては従業員も協力会社の人たちも、危機感の感度が鈍くなる。悪気なく現状の問題に気がつかない(あるいは気づかないふりをする)。

 ところが、外部環境は容赦なく変化し、進化する。その組織がのほほんとしているうちに、ビジネスモデルも働き方も進化させ、優秀な人材にとって魅力的な企業が「黒船」となって現れるかもしれないのだ。そうして、ある日突然、安泰だったはずの企業が慌てふためくことになる。

 「いい人が集まらない」
 「中堅社員が辞めていく」
 「取引先からそっぽ向かれるようになった」
 「顧客が離れていく」
 「新型コロナウイルスのような想定外のリスクが襲来し、リストラせざるをえなくなった」

 いつのまにか、沈みゆく船の乗客と乗組員になってしまっているのである。船が沈みかけてからでは遅い。

製造業モデル一辺倒からの脱却を

 では、私たち日本の企業は(あるいは官公庁や自治体やその他の組織は)何を目指せばいいのか?

 ただ単に「働き方改革をします」「ビジネスモデルを変革します」では漠然としすぎている。

 「週5日×8時間も働かなくていい社会」

 極端な話、これくらい大胆なゴールを据えてほしい。

 日本マイクロソフトは、2019年に実施した「ワークライフチョイスチャレンジ2019夏」で「週勤4日週休3日」を実施し、目覚ましい成果をあげた(取り組みの全貌と詳細は拙著『職場の科学』(文藝春秋)を参照されたい)。

 この取り組みで特筆すべきは、稼働日は減らしたものの、業績目標は変えなかったことだ。より少ない稼働時間で同じ業績目標を達成するには、仕事のやり方を変えるほかない。こうして、社員はいままでのあたりまえを疑い、とことん無駄をなくして、新たなワークスタイル、ビジネススタイルを実現したのだ。

 そもそも日本の働き方は、製造業、もっといえば製造現場に最適化されすぎている。労働=週5日×8時間、同じ場所に集まって働くこと。法制度や社会保障制度も、そのスタイルにアジャストしてしまっている。それが、私たちを週5日×8時間前提のワークスタイルやビジネスモデルに縛りつけてしまっている側面も大きい。

 百歩譲って製造現場は週5日×8時間の体制を維持するのが合理的であったとしても、すべての職種でそれが合理的とは限らない。「職種ごとの最適な働き方は何か?」を考える必要がある。

 「製造現場はがんばって働いているのだから不公平だ」といった日本人特有の「みんなで仲よく苦しむ」考え方は、組織とそこで働く個人の成長を妨げる。それこそ「同じ職種なのに、なぜウチの会社は休みが少ないのだ。不公平だ」と考えるほうがまだ健全であるし、発展的である。

 「みんなで仲よく〝負けパターン〞に陥り、組織全体の生産性を下げているのではないか?」

 そのくらいの前提で、会社単位ではなく職種単位の最適解も追求してほしい。

マネジメントキーワードを「面」で捉えて、立体的に解決する

 ビジネスモデル変革を実現するには前述したマネジメントキーワードと向きあって解決する必要があるが、個々のマネジメントキーワードを「点」として捉え、それだけを解決しようとしてもうまくいかない。多くの場合、そのための施策が自己目的化し、全体観を欠き、結果として自己満足に終わるからだ。

 たとえば「働き方改革」。単に強制的に残業を禁止して労働時間の削減だけを志向したところでうまくいかない。人事部門の労務担当者は満足するかもしれないが、一方で管理職や社員は

 「仕事のやりがいがなくなった」
 「コミュニケーションが減って、チームの人間関係がギスギスした」
 「手取りが減って、生活が苦しくなった」
 「時間内に終わらない仕事は、管理職が一手に引き受けなければならない」

などストレスを溜め、モチベーションやエンゲージメント(その組織や仕事に対する帰属意識)を下げる。これでは、組織もそこで働く人たちも幸せにならない。

 かたや、「モチベーション」や「エンゲージメント」を上げるための施策が、これまた「点」でもって立ち上がる。「エンゲージメント向上」の名のもとに、懇親のためのレクリエーションや飲み会が乱発される。成長のための育成などに投資してくれたほうが、よほどモチベーションもエンゲージメントも(かつ生産性も)上がる場合もあるのに。懇親イベントや宴会の検討会や準備活動に、社員は貴重な時間を奪われる。まったくもって本末転倒なのである。

 もうお気づきであろう。働き方改革も、モチベーションやエンゲージメントや生産性も、ひいてはビジネスモデル変革も、決して独立した課題ではない。すべてはどこかでつながっているのである。

 すなわち、課題を「面」で捉え、立体的に解決することで、組織もそこで働く個人もともに幸せになり、かつ健全に成長することができるのだ。

 マネジメントキーワードを「点」ではなく「面」で示した世界観を、筆者は「健全な組織のバリューサイクル」と名づけ、全国の企業・自治体・官公庁で説いて回っている。この〝宇宙〞の中で、それぞれのマネジメントキーワードはどこかでつながり、一方を解決すれば他方も幸せに解決することができる。

 どれか1つの惑星だけをスタンドアローン(単独)で輝かせようとするだけでは、いつまでたっても宇宙平和は訪れないのだ。

問題解決には組織内外のコラボレーションが不可欠

 もう1つ、「健全な組織のバリューサイクル」を回すために欠かせないポイントに言及しておく。働き方改革、ダイバーシティ、女性活躍推進、ビジネスモデル変革……これらのマネジメントキーワードは、一組織単独では解決できない。

 たとえば「働き方改革」の問題ならば、長時間労働を抑制するための人事制度や労務制度は人事部門単独で改善できるかもしれない。管理職や社員の意識向上やスキル向上も、人事部門が何とかできるかもしれない。

 しかしながら、各々の組織の業務改善、無理・無駄の洗い出しや見直し、ITの導入やオフィス環境の見直しによる生産性向上などは、人事部門が主導するのは難しい。各部門の管理職やリーダー、情報システム部門、あるいは総務部門などとのコラボレーション(協働)や役割分担をしなくては到底実現できない。

 マネジメントキーワードも日々進化し、SDGs、DX(デジタルトランスフォーメーション)など既存の組織では解決しにくい新しいテーマも生まれてきている。個々のマネジメントキーワードを「健全な組織のバリューサイクル」の宇宙の中で捉え、各々の組織や立場の人たちが、組織の中および外の人たちと協力しつつ解決していく。

 すなわち、組織内外のコラボレーションは、問題や課題が複雑化し、なおかつ組織の中に答えを見出しにくい変化の時代において、いかなる組織においても必要不可欠なのだ。

聖域なくすべてのプレイヤーが「2・0」に正しくアップデートする

 「健全な組織のバリューサイクル」を回せるようにするためには、宇宙の住人たち、すなわち経営者、部門長、中間管理職、中堅リーダー、現場の社員、協力会社のスタッフ、総務部門、人事部門、経理部門、情報システム部門などいわゆるコーポレート組織、すべてのプレイヤーが各々の期待役割を正しく認識し、なおかつ成長し続ける必要がある。

 世の中の環境も技術も常に進化する。マネジメントキーワードも変化する。いままでと同じやり方をただ真面目に続けているだけでは、価値を創出し続けることはできないし、問題や課題を解決できない。各々のプレイヤーが「2・0」にアップデートし、なおかつお互いにコラボレーションすることで、健全な組織のバリューサイクルは正しく回り続ける。

 もちろん、アップデートが必要なのは企業組織だけではない。法制度も、社会保障制度も変わらなければならない。それらを司る、政府や官公庁、行政も変わる必要があろう。聖域などない。すべてのプレイヤーが、正しく変わる、アップデートする――それが改革や変革の本質だ。経営者だけ、あるいは法制度だけが涼しい顔をしていて「私たちは変わりません」はありえない。

 「健全な組織のバリューサイクル」は、一企業だけの、一部門だけの、ましてや一個人だけの努力で成し遂げられるものではない。アップデートとコラボレーション、この2つを起こし続けることではじめて可能になる。

 その道のりは長いかもしれない。しかし、各々が各々の立場で、できること、変えられることを認識し、言動や行動に移していけば、世の中はまちがいなく明るい方向に変わる。

 一個人が世の中を変えるのは難しいが、小さな変化を起こすことはできる。それがまわりの人たちの共感や賛同を生み、徐々に大きなうねりになり、世論になる。それが世界を動かす原動力になる。

 たとえば、最近盛んな「脱ハンコ」の動きにしてもそうだ。コロナ禍において、多くの企業がテレワークに移行せざるをえなくなり、押印を伴う書類手続きがネックであることが認知された。

 「押印作業があるから出社せざるをえない」
 「ペーパーレスを進めてくれ!」

 いずれも個人個人の、それこそ半径5メートル以内の世界の、現場レベルの不平・不満が起点であろう。その声が、大きなうねりとなり、世論となり、ついには政府が「脱ハンコ」の舵きりをするムーブメントに至った。大丈夫。世の中は変えられる。

 まずは、あなたの半径5メートルの小さな世界からでかまわない。「健全な組織のバリューサイクル」を意識して、一歩踏み出そうではないか。週5日×8時間働かなくても幸せになれる――そんな人間らしい世界を実現するために。

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